友情と愛情 揺らぐ気持ち

(GEM)






 信也から頻繁にメールがくるようになった。
 内容は読まなくても分かる。

 舞華が……いるのだ、病室に。

 信也は舞華が病室にいる時に毎回メールを送ってくる。
 だからと言って何かを俺に要求しているわけじゃない。

 舞華を迎えに来いとかいう文字は絶対に含まれていない。
 俺に舞華がいる事を伝えているだけ。
 ただそれだけなのだ。

 メールの内容を確認すると予想通り。
 定型文のように毎度一文字も変わらない文字が並んでいる。

「誰から?」

 涼が俺の携帯を覗き込む。

「信也」
「何だって?」
「舞華が病室に来てるって」

 俺は返信すらせずに携帯を閉じてポケットに突っ込んだ。

「いいの?」
「何がだよ?」
「迎えに行かなくて……いいの?」

 少し控えめに涼が俺を見上げる。

「今は無理だ」
「何が無理なの? 仕事も終わって帰るだけでしょ?」

 涼の口調が俺を責めるようなものに変わる。

「あいつが……俺と距離を取ってるの、お前だって分かってんだろ」
「分かってるよ、でも舞ちゃんだって……」
「まだ……まだ、あいつには近付けない」

 自分の性格なんて嫌ってくらい分かっている。
 だからこそ迎えになんて行けない。

 行ってやりたいとは思う。
 思うが実行できないのはあいつを傷付けたくないからだ。

 俺と距離を取って取り憑かれたように仕事に打ち込む舞華を見ているだけでも正直キツイ。
 俺の出来る事なら何だってやってやりたい。

 ただ、今の俺に出来る事といえば……距離を置いてあいつの邪魔をしない事。
 それ以外に何も浮かんでこない。

「静斗、麗ちゃんが目を覚まさないからって自分達の気持ちまで眠らせて何になるの? もう二年だよ? 同じ職場で毎日顔を合わせてるのに目も合わせないし仕事に関連する事しか話さない、舞ちゃんだってかなりしんどいと思うよ?」
「んな事、分かってる」
「信也がなんでメールしてきてるのかも分かってる?」

 信也がメールをしてくる訳……?
 考えた事もない。
 お節介だとかそんな風には思った事はないが、理由なんて考えた事もない。

「信也だって見てられないんだと思う。だから、静斗にメールしてくるんだよ。舞ちゃんを助けてあげて欲しいから」

 でも、それを舞華は望んでるのか?
 俺にとって大事なのはソコだ。
 舞華が望みもしないのに動いたら邪魔でしかない。

「気持ちだけ受け取っとく」
「そればっかりだね」

 それ以外の言葉が見つからないんだから仕方がない。

「信也に悪いとか思うのやめなよ。この二年間二人の事見てきたから言うけど、そうやって避け合ってて得るものなんて何にもないんだよ。勝手に時間は進んでいくし、気持ちだって動いていっちゃうかもしれないんだよ? 静斗が一番大事にしてるのは何?」

 涼は真剣な眼で俺の心を見透かすような言葉を並べる。

「英二と綾香ちゃんだってそう。事件前にデビューしたら結婚しようとしてたのにやめちゃってる。麗ちゃんと信也の時間が止まったからって皆まで気持ちを押し殺す必要があるの? それが誰のためになるの? 何の得があるの?」

 涼の言葉は尤もだった。

 二人の時間が止まろうとも、俺達の周りは確実に時を刻んでいる。
 デビューだってしたし、麗華の夢だったファンクラブの設立も叶った。

 俺のやってる事が自己満足だと言われればそうかもしれない。

「友情も大事だとは思うよ? でも、僕達の関係ってこんな事で壊れちゃうものじゃないでしょ? それとも、静斗はその程度で壊れちゃう脆いものだと思ってるの?」

 涼の言葉は正直ショックだった。

 俺は信也に気を遣っているつもりはなかった。
 だけど、心のどこかで遠慮していたんだと気付いた。

 目を覚まさない麗華の許に通う信也を見ているうちに俺達は無意識にこういう行動に出てしまったのかもしれない。
 それが誰のためにもならないという事にも気付かないまま。

「友情って心の根っこの方でがっちり繋がってるんだと思う。だから言葉がなくたって演奏するだけでそれ感じる事が出来る。でも恋愛って違うよね、不明確な言葉と態度と身体でしか繋がってない。その全部を抑え込んだら何も証明できなくなるんじゃないかな」

 明らかに俺と舞華の事を言っている。
 言葉も態度も事務的、当然身体の関係も今の俺達にはない。
 お互いが想い合っているという確かなものなんか何もない。
 証明できるものなんか何もない。

「舞ちゃんが今、一番一緒にいるの誰だか知ってるでしょ?」

 一番舞華の傍にいる奴といえば一人しかいない。
 結城だ。

 M・Kでは最も付き合いが長いらしい。
 音楽業界で働く事を勧めたのも結城だと聞いた。

「気が付いたら心が離れてる事だってあると思う。静斗が後悔しないならもう僕は一切何も言わないよ」

 心が離れる可能性……。
 そんなの無限にある。
 不安要素は掃いて捨てるほどあるんだから。

「涼」
「何?」
「サンキュ」
「……僕の考えを述べただけだよ。聞き流してくれて構わないし」
「お前の言葉、結構効いた」

 涼は苦笑して歩き出した。

「次……もしメールがきたら行ってみる」
「今日じゃないんだ?」

 涼は呆れたような顔をして振り返って小さな溜め息を漏らす。

「恋愛って頭でするもんじゃないでしょうに」
「いきなり行けねぇよ」
「らしくないなぁ。女の子引っ掛けたら即ベッドだったくせに」
「あれは恋愛じゃねぇよ」

 涼は声を出して笑った。
 つられて俺も小さく笑う。

 涼の言葉は確かに効いた。
 ただ、俺の中で気持ちの整理がつかないだけ。

 信也……俺は本当に迎えに行ってもいいのか?

 そう考えている時点で俺はやっぱり信也に遠慮してるんだと思った。

 信也の気持ちが涼の言っていた通りなら……俺は動かなきゃいけない。
 気持ちの整理が出来なくても俺は行かなきゃならない。

 失いたくない。

 舞華を。
 信也を。
 GEMを―――――。





― Fin ―
これがお迎えに繋がるんです。


2009.11.11

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