異国の言葉で意地悪を
(GEM)






 麗華の目が覚めてからの俺等は……凄い。

 何が凄いって……?
 俺等GEMが連日スポーツ新聞の一面を飾っているのだ。

 市原との事。
 レコード大賞。
 ABELでのシークレットライブ。
 そしてマスコミは個人攻撃まで仕掛けてきやがった。

 俺と舞華が一緒のところを報道されて。
 信也と麗華も撮られて。
 英二が単身で役所行ったのが報道されて。

 まさにGEM Week。

 これで撮られていないのが涼だけというのが面白くないが、納得はできる。
 涼なら撮られたとしても外に出る前に潰す事が可能だからだ。
 俺等にもプライベートな部分をほとんど見せない涼が、そんなドジを踏むとは考えにくいのだが。

 しかし、撮られる時は撮られるもの。

 舞華の部屋で目を覚ました俺は、テレビを点けて顔を引き攣らせた。
 画面に映し出されていたのは涼の顔。

 新聞にデカデカと載っている写真は間違いなく涼で。
 隣にいるのは間違いなく女で。
 だけど、俺もよく知っている顔。

「静……セシリアさんって、若林さんのお姉さんじゃ……?」

 トレーを持ちながら呟いた舞華の声に俺は堪えきれずに笑った。

 M・Kに所属している芸能人のほとんどは細かなプロフィールを公開していない。
 俺達GEMも例外ではない。

 だからと言って初のロマンス報道の相手が姉だなんて誰が考えるだろう?

「静、笑い過ぎじゃ……」

 舞華がトレーをテーブルに置いた時、インターホンが鳴った。
 モニターに映る姿を見てそれが信也である事が分かる。

 舞華は玄関に向かって信也を招き入れたらしい。
 俺の背後で溜め息が聞こえた。

「お前、朝から元気だな」
「コレ見て笑わない奴いんのかよ?」

 笑いを押さえようと試みたが、治まるどころか益々こみ上げてくる。

「信也さんも……ご飯食べますか?」
「あぁ、悪い。助かる」
「今、用意しますね」
「その間にコイツ黙らせる」
「あの……怪我を、しない程度に……」

 床に転がって笑う俺の腹に信也の蹴りが入る。
 一瞬呼吸出来なくなって、俺は咳き込んだ。

「てめっ……殺す気か?!」
「その程度で死ぬようなお前じゃないだろ」
「んだと、コラ」
「涼の事笑ってるけど、お前自身そんな余裕ないんじゃないのか?」
「あ?」
「伯母さん不機嫌だぞ。舞華が撮られて」

 信也の言葉で我に返る。
 舞華との報道の後、事務所には顔を出していない。
 当然美佐子さんに報告も謝罪もしていない。

「お前、浮かれ過ぎだ」
「別に、浮かれてね……」
「言い切れるのか?」

 呆れ気味の信也の視線が痛い。

 浮かれていないと言えば嘘になる。
 当然だ。

 舞華の目と声が戻って。
 麗華が目を覚まして。
 これを喜ばない奴なんているわけがない。

「撮られたもんはしょうがねぇだろ。大体、お前はどうなんだよ?」
「ん?」
「お前だって撮られてたじゃねぇか」
「まぁな」

 おそらく、今1番喜んでいるのは信也だ。
 麗華が目を覚ました事は当然だが、舞華の声や色が戻った事に1番安堵したのは目の前にいる信也だと俺は思っている。

 麗華があんな目に遭ったのも、舞華が声を失ったのも自分のせいだと責めていたのだから。

 舞華が俺と距離を置いている事にも気付いていたが、黙っていたと言った。
 まさか2年もこんな状態が続くとは思わなかった、と。

 毎日教会で祈っていた事も信也は知っていた。
 あの学園の理事の息子である信也がその程度の情報を仕入れられないはずはない。
 今ならばそう思えるが、当時は緘口令が敷かれていたのだと簡単に納得してしまった。

 それほどに俺達は弱っていた。
 冷静さを失っていた。
 焦っていた。

 信也はこっそりと様子を見に行った事もあったようだ。
 そして、余計に自分を責めるようになった。

 麗華が目を覚ますまでの2年間、舞華が声と色を取り戻すまでの2年間、俺等以上に信也は苦しかったはずだ。

「信也」
「あ?」
「涼は?」
「部屋にいるだろ、多分」
「からかいに行こうぜ」
「相変わらず性格が破綻してるなお前」
「他人の不幸は蜜の味って言うだろ」

 時間は取り戻せない。
 過ぎた時間を惜しんでも何も得られない。

 過ぎ去った時間が俺達に残したのは……傷。

 俺達が得たものは……絆。
 勇気。
 意地。
 根性。

 辛い時間を共有したからこそ深まった絆。
 辛いからこそ引き返せずに前に踏み出した。
 麗華が目を覚ますまで絶対に弱音は吐かないと決めた。
 諦めたら全てを失ってしまう気がして意地になった。
 曲作りに時間を費やし、それ以外の事を疎かにしていた。

 だからこそ、今俺達は一緒にいる。
 正月に纏まった休みを得たはずの俺等は帰省する事もなく、毎日誰かの部屋で固まって過ごす。
 曲作りもせず、目的もないまま、ただ時間を共有するためだけに。

「今日は涼の部屋か?」
「それが1番じゃね?」
「……2ケースで足りるか?」
「綾香も司も来るだろうし、そのくらいは必要だろうな」
「司、かなり飲むよな……3にしとく」

 信也はポケットから携帯を取り出して、早速馴染みの酒屋に電話をしている。
 早朝7時から電話を受ける酒屋も迷惑だろうとは思うが、敢えて口にはしない。

 舞華が信也の分の食事を運んで来た。

「お待たせしました」
「お、悪いな」
「ったく……悪いなんて思ってもねぇくせに」

 小さく呟いただけだが、しっかり聞えてしまったらしく横っ腹に蹴りが入った。

「っ!」
「自業自得だ、馬鹿。お前1人だけ幸せそうにしやがって……」
『そっちも、早く帰って来るといいな』

 箸を握ってフランス語で呟く。

「あ? お前寝ぼけてんのか?」
「んなわけねぇだろ、仮に寝ぼけてたとしてもてめぇの蹴りで充分目が覚めんだろうが」
「だったら日本語で話せ」
「あ?」
「今の、フランス語だろ。俺には分からん」
『過ぎた時間の事で自分を責めるのはもうやめとけ、誰もお前を責めたりしねぇよ。これからの時間を大事にしようぜ』

 日本語で話すには恥ずかしい台詞。
 信也が分からないからこそ、俺はフランス語でわざと語った。
 意地悪な笑顔を浮かべながら。

 思った言葉を吐き出す事で俺の心が多少軽くなる。
 信也は意味が分からなくてモヤモヤした気分になるだろうが、これは俺のささやかな仕返しだ。

 ずっと……何でも自分1人で背負おうとする信也に苛立っていたから。

 これからはちゃんと皆で解決していこうぜ。
 麗華が眠っていた2年間のように力を合わせて。

 ふと、正面に座る舞華に視線を向けた。
 嬉しそうに微笑んでいる、舞華が。

 もしかすると……。

「舞華、お前……」

 俺が顔を引き攣らせると、舞華は苦笑しながら“少し”とジェスチャーで知らせてきた。
 何が少しなのかは愚問だ。

 俺の顔が熱を帯びていく。

「どうした、顔が真っ赤で気色悪いぞ?」
「煩いっ!」

 信也に軽く蹴りを入れて俺は茶碗の飯を掻き込んだ。

 舞華の前では言葉にも気を付けようと思いながら。






― Fin ―






2010.03.03

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