初恋は実らないと言うけれど
(大好きな彼女)
「彩さん」
キッチンで夕飯を作っている彼女に声を掛ける。
「何?」
彼女は一瞬こちらに視線を向けて気のない返事をした。
たったそれだけの事が嬉しい。
「何か手伝おうか?」
「平気よ、そっちでおとなしくしてなさい」
「はぁい」
迷惑そうな顔をして素っ気ない態度で断る彼女は……俺の最愛の女性(ひと)だ。
邪険に扱われるのは今に始まった事ではない。
彼女は出会った頃からこんな感じだ。
俺と同じで感情表現があまり得意ではないらしい。
でも、面倒臭そうに返事をしたって、俺から視線を逸らすと聖母マリア様のように優しく微笑んでいる。
そんな表情を見る度にときめかされる。
彼女は知りもしないし、気付きもしないけれど。
彼女と同じ空間にいて、彼女が作ってくれる夕食を一緒に食べられるなんて。
愛する人と一緒にいるだけでこんなに幸せな気持ちになれるなんて思っていなかった。
出会ったばかりの時は、声を掛けるチャンスがくるなんて考えた事もなくて、見ているだけで充分だと思っていた。
それが、話すチャンスを得た途端、欲が芽生えた。
もっと一緒にいたい。
彼女が欲しい。
彼女に出会うまで恋愛に興味はなかったし、そういう感情を抱いた事もなかった。
寄ってくる女はいたし、そういう関係になった女もいるけれど……彼女はやっぱり特別な存在なのだ。
俺の初恋の人なのだから。
“初恋は実らないもの”だと聞くけれど、俺はこうして初恋の人と同じ屋根の下に住んでいて、籍も入れて式も挙げた。
そして……俺の腕の中には小さくて可愛い天使がいる。
そう、娘の桜だ。
生後半年になる。
生まれたばかりの頃はふにゃふにゃで頼りなくて抱くのも怖々だったけれど、随分とムチムチになって感情表現が豊かになった。
今は俺の腕の中で両手を突き出して何だかよく分からない声を発している。
笑顔なので機嫌は良いのだろう。
桜が誕生して、今まで以上に邪険にされているような気がしなくもないが、この子は間違いなく俺と彼女の愛の証なのだ。
彼女に出会うまでの俺は人間の形をした操り人形だった。
世の中にも家族にも何の期待もしていなくて、投げやりで適当で……正直、駄目人間だったと思う。
自分の意思なんてほとんど持たず、言われるままにただ動いていた。
言われるままに動いている方がラクだったからだ。
俺が何を望もうと、家族も世の中もそれ与えてはくれなかった。
期待すればするほど辛くなる。
それを知ってから、俺は何も望まなくなった。
当然、そんな俺には夢も野望も希望もなくて。
家庭や家族を持つなんて考えた事もなかった。
けれど、彼女と出会う事で俺の世界は大きく変わった。
彼女は沢山の事を教えてくれる。
優しさや愛おしさ、感謝する気持ち。
喜びや悲しみ、嫉妬や不安。
当り前に持っているはずの感情を、俺は全て彼女の存在を知ってから学んだ。
人生最初で最後の恋……いや、愛。
俺は生涯、彼女と共に生きていくと決めた。
神にも誓った。
初恋は実らないだって?
誰がそんなこと決めた?
そんな迷信、俺が自信を持って否定してやる。
初恋だけじゃない。
どんな恋もじっとしてるだけじゃ決して実らない。
そんなの当たり前だ。
恋も夢も自分で行動して努力して“実らせるもの”なんだ、ってね。
だから、俺はこれからも努力していく。
彼女を失わないために。
彼女を笑顔にするために。
俺たち家族が幸せでいるために――――――。
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