一番じゃなくていいから、貴方の傍に居させて下さい
(告白)






 僕は高校で教師というものをしています。
 地味な英語教師です。
 目立ちませんし、イケメンとは無縁の男です。

 しかし、人にはそれぞれ好みというものがあります。
 こんな僕に想いを寄せる奇特な女子高生も稀にいるのです。

「はぁっち♪」
「また出ましたね、永田 夢さん」
「出ましたとも、林田 俊哉さん」

 そう、この女子生徒……永田 夢さんはストーカーとも思えそうなくらい僕の前に出没します。
 そして……必ず言うのです。

「ハッチ、大好き♪ 結婚して?」
「好きだと仰るなら英語の成績を上げて下さい、永田 夢さん。今回も下から数えた方が早いですよ」

 どこまで本気の告白なのか全く分かりません。

 僕は言葉に詰まった永田 夢さんをその場に残して職員室に戻りました。

「林田先生、相変わらず追われてますね」
「まぁ、あと一年で彼女も卒業ですからそれまでの我慢です」

 我慢、という言葉を口にするとチクンと胸が痛みました。
 胸に持病などはありません。

 僕は……気付きたくなかったのです。
 自分の気持ちに。

 彼女は教え子です。
 その他大勢の女子高生と同じです。
 そう思い込もうとしていた事は否定できません。

 あの日……彼女を助けた時からこうなる運命だったのかもしれません。

 いや、運命などありえません。
 全てまやかしです。
 単なるロマンティストの思い込みです。





 三年に進級してもなお、彼女は相変わらず僕への告白の手を緩めません。
 それが当り前で、告白回数が少ないと妙に寂しさを感じる僕も相当彼女に毒されているのかもしれません。

 英語の資料を取りに資料室に向かうと、鍵が開いていました。
 どなたかいらっしゃるようです。

 僕は資料室のドアを閉め、自分の探す資料の棚までやって来ました。

 ……どういう事でしょう?
 僕の目の前には……告白ストーカーの永田 夢さんの姿があります。
 脚立に腰掛けて舟を漕いでいます。

 彼女は僕が来る事を予測してここで待っていたのでしょうか?
 だとしたら、彼女は立派にストーカーです。

 告白ストーカーの永田 夢さんはとても危険な状態で舟を漕いでいるのです。
 脚立には当然背凭れも肘掛けもありません。
 このまま放っておく事も出来ません。

 しかし、触れるのは怖い。
 彼女の勢いだとそのまま襲われそうです。

 僕の欲しい資料は彼女の膝にぶつかっていて引き抜く事も出来ません。
 狙ってるんですか、貴女は?

 僕は傍にあった指揮棒をお借りして永田 夢さんを突いてみました。

「ハッチぃ……ダイスキ」

 寝ながらの告白は初めてです。
 寝てもなお僕に告白してるんですね。
 これはカウントされるのでしょうか?

 意識のない告白はカウントされるはずがありません。
 僕は聞き流す事にしました。

「ハッチぃ……一番じゃなくていいからぁ……」

 一番じゃなくていい?
 それでは意味がないのでは?

「永田 夢さん、資料室で寝ても単語は頭に入りませんよ」

 このままずっと見ていたい、と思ってしまう自分を叱咤し彼女に声を掛けました。

「ん〜?」

 永田 夢さんは目を擦りながら身体を反りました。
 さすがに危険です。
 生徒に怪我をさせてしまっては大問題です。
 このご時世、モンスターペアレントが多いのです。
 女の子に怪我をさせたとなれば大騒ぎになる事間違いなしです。

 僕は手を差し出し、彼女を受け止めました。

「寝ぼけてますね、永田 夢さん」
「あ、ハッチだぁ」

 ほんのり頬を染める彼女はとても可愛らしいです。
 そのまま抱き締めてしまいたくなるほどに。

「ハッチ、ありがと! 愛してる!」
「モンスターペアレントは怖いですからねぇ」
「モンスターペアレント?」

 さすが横文字苦手な永田 夢さん。
 理解できていないようです。

「学校や教育委員会に対して理不尽な要求を繰り返す保護者さん達の事です」
「あぁ……聞いた事あるかも」
「あるでしょうとも。ニュースなどでも時折流れる単語ですからね。まぁ、英単語ではありませんが」
「で? それがどうしたの?」
「貴女の親御さんがそうだと怖いので助けたまでです」

 彼女を立たせ、抱きつかれる前に射程距離圏外に脱出するのは防衛本能としか言いようがありません。

「あ」
「はい?」
「ハッチ」
「何でしょう?」

 これはきますね。
 間違いなく。

「一番じゃなくてもいいから貴方の傍に居させて下さい」
「いらっしゃるじゃないですか、何を今更」

 僕は目的の資料を素早く取り出し彼女に背を向けました。

「ハッチぃ……」
「貴女は年間通して僕の傍に一番多くいらっしゃいますよ」

 そう。
 誰よりも貴女は僕の傍にいるのです。
 今更ではないですか。

 一日に平均十回は告白してくる彼女は休み時間の度に現れます。
 僕が生徒さんの質問に答えている時は、陰でじっとしています。

 きっと彼女なりに考えての行動でしょう。
 それが、ストーカーと言われる所以になっていようとも。

 まだです。
 まだ、貴女の告白を正面から聞いて差し上げる事は出来ないのです。

 僕と貴女は教師と生徒。
 今の僕は貴女の気持ちを受け入れてはいけないのです。
 僕のためにも、貴女のためにも。

 その気持ちがもし、本物でしたら……卒業証書を受け取った後にお願いします。

 僕の気持ちは……僕の返事はもう決まっているのですから。
 迷う事もございません。

 ただ、時間が必要なのです。
 貴女が僕の教え子だという事が過去になるための時間が。

 卒業証書を受け取った瞬間から、僕は待っていますよ。
 貴女が望んでいらっしゃるだろう返事を用意して―――――。






― Fin ―


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