明けない夜は無い

【未公開作品】






 とうとう、この日が来てしまった……。

 白髪交じりの栗色の髪をした紳士はガラスに囲まれた温室から空を見上げた。
 枠の付いた空を眺めながら小さな溜め息を漏らす。

「溜め息など吐いて如何なされたのです?」

 彼の三歩ほど後方からから使用人の服装をした中年女性が声を掛けた。
 先程まで誰も居なかったはずの場所である。

 しかし、紳士は驚かない。
 当然の事のように。

「間もなく放送が掛かる。あの子が……外の世界に出て行く放送が」

 使用人の女性の顔が凍りつく。

「な……何故に?! あの方を殺めるおつもりか?!」

 驚きと、どこか非難めいた眼で主を見上げる女性は明らかに動揺している。
 名も告げていないその人物が誰であるのか、彼女には分かっているようだ。

「自分だけが特別であってはいけないのだそうだ」

 紳士はどこか寂しげな顔で呟く。

「あの子を関わらせたくはなかったのだが、こうなってはもう誰も止められない」
「されど……!」
「アレを同じチームに配属させる。それだけが頼りだ」

 外に出てしまえば過剰に手を出せない。
 中にいるからこそ傍に置けた。
 中にいるからこそ体調に気を配ってやる事も出来た。

「あの子が望んだのだ。我々はどうする事も出来ない」
「総帥……」
「こんなに時間を掛けても何も見えないとは……わたしの力が弱くなっているのか、相手が私以上の力を持っているのか……あの子を生かすためにも早く終わらせねばならんというのに何も掴めない」

 彼女の手を汚したくない。
 出来るならばアレの手も汚さずにいたかった。

 しかし、それは叶わなかった。
 アレの手は……身体は、もう血に塗れている。

 紳士は傍にあった枝を掴んだ。
 枝は生気を奪われ、あっという間に枯れていった。
 それでもなお離さない手は、枝だけではなくその木全体の生気を吸い取っていく。。
 乾いた音を立てて葉が次々に床に落ちる。

「明けぬ夜などございません。そう遠くない日に吉報が届きましょう」

 使用人は主の顔を見上げて呟いた。
 反応のない主に対し、再び彼女は繰り返す。
 はっきりとした口調で。

「そう遠くない日に夜明けは参ります、必ず」
「そう願いたいな」

 二人は肩を並べ、空を仰ぐ。
 彼女が長年過ごしてきた場所だった。

 そして、サイレンのような音が施設内に響き渡る。
 二人はその場で彼女の名が紡がれるのを聞いた。

 止まっていた時間が、今動き出す―――――。







― Fin ―
何だかプロローグっぽいですね。



2009.11.11

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