教えてくれたのは貴方です






 僕は家族が教師だからという理由からこの道に進みました。
 教師を目指すにあたって志などというものは全くと言っていいほどありませんでした。

 職業というだけ。
 社会人となって自身で生活をするために、夢も何も抱かずにこの道へと進んだのです。

 教師という職業が面倒な職業だと思うようになったのは聖ルチアにやって来てからと言っても過言ではありません。

 ここは女子高。
 男性教諭も数少ない。
 その中で独身男性は更に少なくなります。
 正直言って、若い男性教師はほとんどいません。

 そのため、恋に恋する乙女達は僕達を身近なターゲットとして朝から学園を出るまで追い掛けて来るのです。
 更には独身女性教諭も鼻息が荒いです。
 生徒達に注意をしながら自身も同じ行動をしているのですから呆れるしかないでしょう。

 僕はこの学園以外での教師生活など送った事はありません。
 この学園しか知らないのです。
 教員免許を取って親の推薦でこの学園にやって来ました。
 待遇は悪くない……と思います。

 が。
 この学園の教師には海外で教えていた人や、他の学校からヘッドハンティングされてやって来た人などが結構います。
 教頭やベラや事務局長はどう見てもコネクションでしょうけど……。

 同じ教師仲間である三好先生は公立高校での経験があります。

 そこでの話を聞いた時に、どこも同じなのだと思わされました。
 どこにいても暴走する子は暴走するようです。
 愛情表現は下手したら他の学校の方が過激かもしれません。
 お嬢様学校と言われるこの学園は他の学校よりも遥かに治安がいいのだと思いました。
 教師を辞めなかった三好先生を尊敬します。

「何ぼ~っとしてんですか?」

 頬杖を付く僕の横から顔を覗かせたのは木内 まゆりさん。
 彼女はルチア会でアガタという役職にいらっしゃる方です。
 ルチア会というのは所謂生徒会。
 アガタというのはルチアに次ぐ人気を持った副会長。
 会長は学園名の通りルチアです。

「ルチア会の作業をどうすれば軽減できるかを考えていたんです」
「先生って優しいなぁ」

 天使のような笑顔で彼女は僕を背後から抱き締めてきます。

「アガタ、ここは学校ですよ」
「誰も来ないわよ」
「だからと言って……」
「祐樹さん」

 困りました。
 彼女に名前を呼ばれると何も言い返せなくなってしまいます。
 こういうのを惚れた弱みと言うのでしょうか?

「まゆり、本当に勘弁して下さい。僕が教師をクビになったらどうするんですか?」
「うちで働けば?」

 彼女は愛らしい表情で迷う事なくそう言って、僕の頬に柔らかい唇を押しつけてきます。

 彼女はこういう女(ひと)なのです。
 困った女(ひと)なのです。

 でも、それ以上に愛おしい女(ひと)なのです。

「まゆり……」

 彼女の頭を後ろから押さえ、見上げるように彼女の唇を塞ぎました。
 触れるだけの軽いキスを繰り返しているうちに本気になってきて徐々にエスカレートしていくのは自然な流れでしょう。

 僕が教師という立場を忘れて彼女の制服に手を掛けた時でした。

 準備室の扉が乱暴に叩かれました。
 驚いた彼女が僕から離れ、手を後ろで組んでえへへっと笑っています。

 僕は暴走せずに済んだ事にほっとしながらドアへと向かいました。

「どぉも」

 扉の前に立っていたのは僕と同じルチア会の顧問でもある三好先生でした。

 相変わらずダルそうにしています。
 が、これはこの方のいつもの様子です。
 特別機嫌が悪いわけでもなければ、疲れているわけでもありません。
 やる気のないような格好に態度はいつもの事なのです。

 準備室の中に彼女の姿を見つけ、三好先生は微かに苦笑を漏らしています。

「来て下さって助かりました」

 その言葉だけで彼には全て伝わってしまうのが辛いところですが、彼も同類なのでお互い様という事でしょうか。

「友永先生の携帯が鳴ってたんで持って来たんですよ」
「あぁ……すみません、置きっ放しなのを忘れてました」

 鳴っていたとはいえ、机の中。
 更にはマナーモードですから迷惑になる事もなかったように思うのは僕だけなのでしょうか?

「レースのカーテンだけじゃ隠せません、と言ったはずですが?」

 僕の手の上に携帯を乗せて三好先生が小さな声で囁く。

「三好先生……もしかして、わざとこのタイミングで……」
「勿論」

 にっこりと女子生徒達には見せない笑みを浮かべて彼は僕に背中を向けました。

 ありがとうと礼を言うべきなのか、腹を立てるべきなのか分からなくなります。

「携帯が鳴ってたって……こんな時間に掛けてくる非常識な人って誰?」

 彼女が着信履歴を勝手に覗いています。
 間違いなく不機嫌になりますね、これは。

「……先生、これ誰?」

 Saeko・Tの名が連続する着信履歴を見て彼女の表情が険しくなっています。

「これは高井戸 冴子、理事の娘さんです」
「なんでそんな人とやり取りしてんの?」
「実は……ルチアに戻って来てくれないかとお願いをしているんですよ」
「は?」

 彼女の険しい表情はまだ崩れません。

「ルチア会の負担が増えてますから改善策を考えた末に辿り着いたのが彼女だったんです」

 ルチア会には、僕の大事なアガタが……三好先生の大事なルチアがいらっしゃるのです。
 彼女達の負担を少しでも軽減できるように考えた結果だったのです。

「来年度からこちらに……とお願いをしてみたんですが、それはちょっと難しそうですね」

 理事の娘さんからは早急に手を打つとは言われたものの、長く務めた職場を離れるのは簡単ではないようです。

 早くても二学期から。

 それが、彼女からの回答でした。
 急かす事などできません。

 それでも……後輩を心配して憂鬱になっている彼女達の姿を見ている僕としては、彼女達の心を少しだけでも軽くしてあげられるのではないか、と思ったのです。

「友永先生、大好き♪」

 彼女が僕に抱きつく。
 僕も一度だけぎゅっと彼女を抱きしめてからその手を解きました。

 おそらく、以前の僕ならここまでの事はしなかったでしょう。
 就業時間内に出来るサポートだけはしたでしょうが、それ以外の事はしなかった。

 こうやって、大事な人のために動く事を教えてくれたのは……先程ここにやって来た三好先生なのです。
 大事なものを女(ひと)を守るために自らが動く事。
 その大切さを教えて下さったのは三好先生とルチアなのです。

 あのお二方はいつも言葉ではなく態度で僕に教えてくれます。

 僕は憧れているのかもしれません。

 清い心で強く結ばれているお二方に。
 彼女を思いやる三好先生に。
 三好先生を思いやるルチアに。

「アガタ、ここは学校です。これ以上は……週末まで我慢して下さいね」

 身体を屈めて口づけを落とし、彼女の耳元で囁く。

 どんなに憧れても僕は僕なのです。
 僕は僕なりの愛し方で彼女を守る事しか出来ないのです。

 以前は自分が嫌いでした。
 自分の意見も言わず流されるままだった自分が。
 だけど、今の僕は嫌いじゃありません。

 使えるものは何でも使う。

 言葉は悪いですがそう教えてくれたのは三好先生でした。

 僕にしか使えないものを使って僕の望む環境を手に入れる。
 そんな事が出来るのかという疑問はありましたが、一つ叶えばその楽しさを覚えます。
 それが正しい事だと思えば僕は迷わずコネでも何でも使うでしょう。
 その楽しさや快感を覚えてしまったのですから。

 幼い頃は悪戯が大好きだった。
 そんな昔の事を思い出してウキウキしてきます。

 さて、次はどんな事をしましょうか。






― Fin ―
こういう悪魔な部分を目覚めさせたのは啓太だったのか……。



2009.11.11

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