武村の脳内暴走番外編

有名人な彼
番外編
― 澄香と祥平 ―






 クリスマスに彩が何年も通っている飲み屋さんを教えてもらった。

 コレが凄いのだ。
 イケメン揃い!
 モデル経験者が多いと店長の大久保さんが言っていた。

 そういう人間の方が業界人が来た時に騒がないかららしい。
 確かにそうかも……なんて納得しちゃった。

 そんな大久保さんには恐妻がいる。
 由香さんというらしい。
 時々店にも顔を出すらしいが、現役のモデルさんでかなり目立つので大久保さんはあまりいい顔をしていない。
 まだ見た事はないけれど……現役モデルじゃ間違いなく綺麗な人だろう。

 彩は週に3回飲みに来ていると大久保さんが教えてくれた。

 男4人と来るというのだから羨ましい。
 私の勤めている会社にも男は腐るほどいるけれど基本根暗で人付き合いの下手な奴ばっかりだ。
 だから彩が羨ましかったりする。

「彩ちゃんはこの店の顔なんだ」

 従業員でもないのに顔と言われる彩が凄いと思う。

「彩ちゃんは昔から人を惹き付けてたんだろうね」

 大久保さんはまるで恋人を思い出すかのような優しい顔で微笑んだ。
 これじゃ奥さんが嫉妬しても仕方がないだろう。

 彩って罪な女だわ……。

「彩ちゃんいらっしゃい」

 大久保さんの声に私は入口に視線を移した。

「す……澄香っ……あんた何してんのよ……?」

 彩が驚くのも無理はない。
 約束をしていたわけではないし、何となく目の保養にやって来ただけなのだから。

「目が疲れたから休めに来た」
「休めるってのは帰って寝る事じゃないわけ?」

 ご尤も。

「いい男を見るのも目の保養でしょ?」

 あんたはいっつも癒されてるでしょうけどね。

「彩ちゃんのお友達?」

 後ろからレベル中の上くらいの男達が顔を覗かせた。

「あ、うん」

 それだけ?
 紹介くらいしなさいよ。

「どうも、高校からの友人で井守 澄香といいまぁす」
「あんた1人で来たの?」

 彩はカウンターを見て溜め息を吐いた。

「生憎、あんたの会社と違って皆付き合い悪いからねぇ」

 彩は何か言いたげな顔をしていたがその言葉を飲み込んだ。
 多分良い事ではないのだろう。

「1人なら一緒に飲もうよ」

 彩の連れがそう言った。
 実はその言葉を待っていたのだ。

「伊集院君……恨むからね」

 彩がボソッと呟いた。

 なんでよ?

 私には理解できなかった。
 大久保さんは苦笑しながら私のビールを彩の特等席に運んで行った。





 失敗したかなぁ……正直、退屈だ。

 私は空いているカウンターを陣取って大久保さんを捕まえた。

「彩達っていつもあんな感じなの?」

 仕事の話ばかり。
 私なら会社を出てから仕事の話なんかしたくもないのに。
 そんなんじゃ美味しい酒なんて飲めやしないってのに、この人達は違うんだなぁ……。
 理解できないわ。

「そうだね、いつも仕事の話ばかりしてる。でも、仕事の話をする彩ちゃんはいつも楽しそうだよ?」

 確かに生き生きしているけれど……。

「彼らもそう思うから彩ちゃんの話を広げていくんだ。それ以外の話は彩ちゃんが帰った後だねいつも」

 彩が帰った後?

 私が首を傾げると大久保さんは言葉を付け足した。

「彩ちゃんは遅くても10時までしかここにはいないんだ」

 なるほどね……。

「まぁ、待ってる人もいるしねぇ」
「そういうわけじゃないと思うんだけどね……」

 大久保さんは苦笑した。

「彩ちゃんはここがオープンした頃から来てくれてるんだけど……あいつを知らない頃からずっとそうなんだ」

 あいつ……彩の大事な人。
 望月 海。
 モデル出身の実力派若手俳優。
 そして大久保さんの後輩。

「大久保さんってキューピットなんだね」

 この店で海君は彩を見つけた。
 彩はこの店の常連客だし。
 この店がなかったら2人は出会っていないだろうし、あんな関係にもなっていないだろう。

 私が大久保さんを見上げると一瞬動きが止まった。

「どうしたの?」
「鳥肌が……っていうか殺気……?」

 なんで?

「祥平……私というものがありながら、店で女ナンパするなんていい度胸じゃない?」

 私というものがありながらって事は……。

 私は殺気を纏った美女を見つけて顔を引き攣らせた。
 コレが噂の恐妻か。
 説明不要なほどのお怒りオーラを纏っている。

「誤解だって……彼女は彩ちゃんのお友達だよ」

 大久保さんは後退りしながら答える。
 不思議な事に彩の名前を聞いた途端、彼女は纏っていた殺気を消し去った。

「彩ちゃんの……?」
「そう、彩ちゃんの高校からのお友達だって」
「どうも、井守 澄香です」

 大久保さんの奥さん……由香さんは品定めするように私を見る。

「その品定め的な見方やめてくれません? 貴女が美人だってのは分かってるし、大久保さんとは疑われるような事は全くないから安心して下さい」

 彼女は綺麗な顔を顰めて私を睨んだ。
 腹を立てるような言葉を吐いたつもりはないけれど、彼女の機嫌を損ねるには充分だったらしい。

「分かってるわよ」

 見下すように私を睨んで低い声で一言呟き、後方にいる彩を見つけてそちらへと行ってしまった。
 一気にテンションが上がったようだ。
 背後から由香さんのご機嫌な声と笑い声が聞こえてくる。

「奥さん嫉妬深いんだね」

 大久保さんも大変だ……。

「そうだね、こんなに一途なのに信じてもらえてないみたいで……」

 ノロケかよ……。
 はいはい、ご馳走様。

「澄香ちゃんも今度は彼と一緒においでよ」

 その方が嫉妬されなくて済むし……。
 という心の声が聞こえた気がする。

「澄香、あんまり大久保さんに迷惑掛けないでよ。クリスマスも大変だったんだから」

 クリスマス……?
 確かにここに来たけど……途中から記憶がない。

「澄香ちゃんはあんまりお酒強くないみたいだから控えめにね」

 大久保さんは苦笑した。
 どうやら何か迷惑を掛けたようだ。

「私……何かした……?」

 上目遣いで大久保さんを見上げると彼は困ったように視線を逸らして髪を掻き上げた。

 奥様の前で言えない事なのかもしれない……。
 よし、今日は彩の部屋に帰って話を聞こう。

「彩、今日泊めて」

 あからさまに嫌な顔をされた。

「ノロケ話と脱ぐのと迫るのはナシね」

 それって……。

 私は視線を大久保さんに戻した。

「記憶ないけど謝っとくね……ゴメン」
「俺も忘れたんで気にしないで下さい」

 やっぱ何かしちゃったんだ……。





 彩の部屋に乗り込んだ私は大久保さんに何をしたのかを彩に尋ねた。

「酷かったわね、あれは」

 何?
 何しちゃったの??

「最初はいい男ばかりでいいなぁ的な話だったのよ。でも徐々に自分の彼氏のノロケ話になって、その後は何故か大久保さんを口説き始めたの。なんでもっと早く出会えなかったんだろうとか、何処かの気障な男が吐くような事言ってたわね。盛りの猫かと思ったわ」

 私って……馬鹿?

 彩は更に詳細を語ってくれた。
 それを聞くと自分でも恥ずかしい事をしていたと思う。
 彩は誇張したり嘘は言わないので、コレは大袈裟ではなく、あった事そのままなのだろう。

「だから今日は驚いたわよ。平然と大久保さんと話してるんだもの」

 あぁ……だから彼を連れて来い、ね。

「まぁ大久保さんも酔っ払いの相手は慣れてるからあんまり気にしてないんだけど……由香さんがね……」

 あぁ……品定めされた上に殺気含んだ目で見られてたわね確かに。

「今度から大久保さんの店ではアルコール2杯までにしとくわ」
「1杯に留めた方がいいと思う」
「……分かったそうする」

 週末改めて謝りに行こう……。





「いらっしゃい澄香ちゃん」

 週末彩を伴って現れた私を大久保さんは笑顔で迎えてくれた。

「すみません、澄香がどうしても謝りたいって……」
「記憶ないけど彩から聞いてびっくりしちゃって……ホントごめんなさい」

 私は開店直後の客のいない店内で深々と頭を下げた。

「まぁ、驚きはしたけど……気にはしてないですよ」

 優しい男だ。

「今度からこの店ではお酒は1杯しか飲まないと約束しましたんで、それ以上は飲ませないで下さい」

 大久保さんは彩の言葉にクスクスと笑った。

「俺よりも彩ちゃんのほうが困ってたのに……それはいいの?」
「私の場合慣れです。この子とは人生の半分付き合ってるんで」

 何したんだろう……?
 こっちは大久保さんに訊いた方がよさそうだ。

「もうすぐ海が来るけど待っとく?」
「海君来るんですか?」
「うん、さっきメールが来た。彩ちゃんがここに来るって知ってるからね」

 相変わらず仲がよろしい事で……。

 私達は海君のよく使う座敷でソフトドリンクを飲みながら話していた。

「だから何でもないわよ」

 彩はそれしか言わない。
 優しいんだか本当にどうでもいいのかよく分からない。

「だって……なんかしたか言ったかしたんでしょ?」
「気にするような事じゃないわよ」

 彩は珈琲を飲みながら苦笑した。

「彩さん♪」

 最近では聞き慣れた海君の声。

 さて、私は大久保さんに事実確認をしに行くとしますか。

 私は立ち上がって大久保さんの傍に行き、話し掛けた。

「彩の方の話聞かせてくれない? 私何言ったの?」

 大久保さんは苦笑しながら座敷から1番離れた席に腰を下ろした。

「……色々言ってたよ」

 大久保さんの顔からあまり良い話ではないように感じた。

「澄香ちゃんは彩ちゃんと海の事随分前から知ってるの?」

 そこからか……。

「う〜ん……去年の夏前くらいからかな?」
「彩ちゃんの事分かってるから言った台詞だと思うんだけどね……」

 大久保さんは溜め息を吐きながら小さな声でポツリポツリと話し出した。

「普通に最初は羨ましいって感じで話してたんだ。でも、その後から説教っぽくなってきて……不安ならちゃんと自分で確認しなさいとか、好きな男の事くらい信じなさいとか、多少我が儘くらい言ってもいいじゃないとか。あんたはまだ男を疑ってる、あの男が特殊なだけでほとんどの男はちゃんと女の事考えてるんだとか……まぁ彼女の過去の恋愛は知らないからなんとも言えないんだけど。でも、俺も信じてやって欲しいとかって話はした記憶あったから気になってたんだ」

 大久保さんも?

「海のスキャンダルの時にちょっとね……2週間くらい2人の間に冷たい空気が漂ってて、海が使い物にならないってマネージャーさんから泣き付かれてね。お節介だとは思ったんだけど少しだけ彩ちゃんと話をした事があるんだ」

 スキャンダル……あぁ、1回メールが来たやつかな?

「彩って……海君の前に付き合ってた男が最悪でね、一時期男性不審に陥ったの。で、ずっと男って生き物を警戒してたんだよね。海君と付き合い始めてやっと克服されたのかなって思ったんだけど……あそこまで捻くれて疑い深くて自信がない彩って初めて見たんだ……元々は自分がやりたい事は反対されても後悔してもやっちゃうタイプなんだよね。だから海君への感情を否定してるのを見てるとしんどいんだわ。まだ昔の男引き摺ってんのかなってさ」
「彩ちゃん……あの時、自信がなくていつも不安だって泣いたんだよね」

 この人の前でも泣いたんだ……。

 前の男の話を詳しく話す気はないけど、ほんの少しだけでいいから彩のトラウマを知って欲しかった。
 海君の耳には入れなくてもいいけど、彩がこの人の前で泣いたならこの人を信用してるからだと思うし、心を許しているんだと思うから……。

「で、うちの由香が来て何だか話をして……その後は仲直りできたみたいだけど」

 大久保さんはそう言って座敷の方を見つめながら微笑んだ。
 彩の昔の男の話は突っ込んで訊いてこなかった。

 さすが彩が信用している男。
 興味本位で訊いてきたら張り飛ばそうと思ったけど、顔がいいだけじゃなくて色々な意味でイイ男だ。
 酔った私が口説こうとしたのも無理はない。

「あぁやって2人が仲良くしてるのが俺は嬉しいんだ。海も彩ちゃんも自然体で微笑ましくて」
「分かる。私もウジウジされてるよりも今みたいに海君の事鬱陶しそうにしてる彩の方が好き」

 だからついついお節介しちゃうんだよね。
 からかいたくもなるし。

「2人には笑っていて欲しいからね」
「私もそう思う」

 そして私達は2人の話で盛り上がり、本人達を無視して密かに “2人を見守る会” なんてものを作ってしまったのだ。

 1ヶ月後にはそこに柴田さんや由香さんが参入してきた事は言うまでもない。
 2人の傍にいる人達は私を含めて本当に2人が好きなのだ。

 だからいつも笑っていて欲しい。
 ずっと、ずっと……。

 そうすれば私達も笑顔でいられる。

 そして会員4人の見守る会は蜜に連絡を取りながら水面下での無条件協力と情報共有をして行く事になる。
 報酬は2人の笑顔。





 ――― そして何も知らない2人は別々の場所で互いの存在を感じながら今日も笑っている。






― Fin ―








2008年09月10日



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