有名人な彼
第2話






「いい加減、電話繋がるんじゃない?」

 私は部屋で寛ぐイケメンを眺めながら溜め息を吐いた。
 何度この台詞を吐いただろう?

「彩さんはそんなに早く帰って欲しいの?」
「当然でしょ」

 当たり前じゃない。
 私は早く寝たいの。
 だから早く帰って。

「泊めてくれるんじゃないの?」
「仕事あるんじゃないの?」

 8歳も年下の男だけど、正直……モロ好み。
 さすがにヤバイ……。

「芸能人は観賞物よ。さっさと迎えに来てもらって。でなきゃ安心して寝れないじゃない」

 珈琲も既に3杯目。
 さすがにもう飲みたくはない。

「彩さん、眠たいの?」
「眠いに決まってるでしょ、何時だと思ってんの?」

 午前2時よ?
 遅くても6時には起きなきゃいけないってのに……。

 仕事はなくても生活リズムを崩すのは嫌いなのだ。
 肌のためにも健康のためにも規則的な生活は当たり前。

 私はシンクにカップを置いて、本を取りに寝室へと向った。

 こんな男がいたら安心して寝られない。
 何かしていないと起きているのもツライ時間だ。

 ベッド脇の本に手を伸ばすと後ろから抱きしめられた。

「ちょっ……?!」
「彩さんいい匂い……」
「放しなさいっ。おばさんをからかわないでっ!」
「おばさんなんて思ってないよ?」

 男の体重が圧し掛かって私はベッドに倒れ込んだ。

「言ったでしょ? 彩さんに惚れたって」
「会って数時間で惚れるってありえないわ」

 男の腕は私を解放してはくれないらしい。

「俺はもっと前から彩さんを知ってるよ?」
「はい?」

 何言ってんの?

「彩さん、新橋で結構頻繁に飲んでるでしょ?」

 そりゃ頻繁に飲んでるけれど……。
 入社当時から週に3日ペースで。

「友達がやってる店で彩さんを見掛けたんだ。可愛い人だなって思った」

 急にそんな事を言わないで欲しい。
 私は知らないし……。

「彩さんはいっつも会社の人達と来てて二次会前に退散するんだよね?」
「スケベオヤジの相手なんかしたくないもの」
「皆に可愛がられて笑顔の彩さんをいっつも眼が追ってた」

 騙されちゃいけない……コイツは役者だ。
 でも……なんで知ってんのよ?

「偶然、彩さんにぶつかって……彩さんが助けてくれて、運命だって思った」
「運命なんてない。さ、放して頂戴」
「真剣に聞いてよ」

 肩に掛けられた手に力が篭る。
 うつ伏せだった私の身体を反転させて、男は真剣な顔で私を見下ろしていた。

「会社の人達が彩さんが帰ってからも彩さんの話で盛り上がってるのを見て、愛されてるんだなぁって思ったよ。皆彩さんが大好きなんだなって……悪口言う人なんかいなかった。2度3度見ていたら彩さんしか見えなくなってた」

 しょっちゅう行ってる店って事は……あの半地下の飲み屋か?
 って、そんな事を暢気に考えていられる状況ではない。
 押し倒されちゃってるし、私!

「彩さん、俺と真剣に付き合ってよ」
「嫌」

 即答した。

 だって、胡散臭
(うさんくさ)い。

 確かに会社ではマスコットかも知れない。
 元々女性社員が少ない会社だし、所属する部で女は私だけ。
 女というだけでちやほやされてる事は認めよう。

 でも、ソレとコレは別。
 この男は華やかな世界にいるわけだし、私をからかってるのは説明の必要もないくらい明らかだ。

「彩さん……どうしたら信じてくれる?」
「何しても信じない」

 信じられるわけがない。
 それよりも、今の状況から早く抜け出したい。
 ちょっと危険な体勢だと思う。

 リビングで携帯が鳴り出した。
 聞き覚えのない曲。
 私のではない。

「あんたの携帯鳴ってるわよ? 早く出なさいよ、マネージャーさんからじゃないの?」
「彩さん、黙って」

 男の顔が近付いてきて唇を塞いだ。
 唇を割って入った男の舌が私の口内を弄る。

 触れるだけのキスだけでも久しぶりなのにディープは刺激が強過ぎる。
 それも相手はイケメン人気俳優ときたもんだ。

「ちょ……っ!」

 唇から離れた男の唇が首筋をなぞる。

「あっ……」

 や〜め〜て〜っ!!

 8歳も年下だけど男なのだ……。
 私の抗う力なんて大した事ないらしい。
 ぴくりともしない。

「彩さん……」

 男の口から繰り返し発せられる名前が私の動きを封じる。
 強すぎる刺激と飲んできた酒が手伝って、一服盛られたように意識が朦朧とする中、私は男に……抱かれた。





 聞き慣れない携帯の着信音で目を覚ますと、隣には気持ちよさそうな顔をして寝ているイケメンがいた。

 食ってしまった……。
 朝一から私は奈落の底に突き落とされたような気分だった。

「……おはよ、彩さん」

 私の名前覚えてるんだ……?

「身体……大丈夫? 久しぶりだったんでしょ?」

 何でそれを……?
 私は
最中にソレを口走ったのか……?

 私が真っ赤な顔で男を睨むと男はさわやかな笑顔で私の腕を掴んだ。

「昨日、痛そうだったから何となくそんな気がしたんだ」

 よく見てるなぁ。
 ……って感心してる場合じゃなぁいっ!

「あんたの携帯鳴ってたわよ」
「海。いい加減呼んでよ」
「嫌」

 ベッド脇に転がっている丈の長いパジャマを拾い上げて羽織る。

「彩さん、もっと一緒にいようよ」
「仕事をいい加減にやる男は嫌いよ」

 私は男の顔も見ずにリビングに向った。

 当然ながら男の携帯の充電は完了している。
 ソケットから充電器を外して携帯を開くと……着信が13件。
 鳴っているのにも気付かないほど爆睡していたようだ。

 携帯を閉じようとした瞬間、14回目のコールが響きだす。

「……?!」

 私はパニックを起こして1人あたふたした。

 そして……。
 何故か通話ボタンを押してしまった……らしい。

『海?! あんた今どこにいるの?! マンションに帰ってないじゃない!』

 うっわぁ……!
 どぉしよう……っ。

「かっ……海……!」

 私は咄嗟に男の名前を呼んだ。

「彩さん、今呼んだ? 海って呼んだ?」

 嬉しそうに顔を出した男の胸に私は携帯を押し付けた。

「ボ……ボタン押しちゃった……っ!」
「はぁ〜?」

 間抜けな声を発した男は、一瞬戸惑ったが携帯を耳に当てて喋りだした。

「おはよう柴田さん……ん? 今? 大好きな人の部屋」

 ちょっ……待って!
 そんな事言っていいの……?!

「ごめんねぇ、昨日携帯の電源切れちゃってたでしょ? ……うん、大好きな人に携帯も俺も充電させてもらったから大丈夫だよ」

 俺もって何……?!
 それってシたって言ってるんじゃ……?!

「今ここはね……彩さん、ここの住所は?」
「はい……?!」
「迎えが来るんだけど住所が分らないんだよね」
「新宿区下落合○-△-□」
「だって。じゃ、待ってるね」

 だって、って何?
 私の声聞こえてるって事?!

「彩さん、相当パニクってる?」

 私の顔を見ながら男がクスクスと笑う。

「今までで最悪の朝だわ……」

 30年間で最悪の朝。

「俺は最高の朝だけどなぁ」

 男は携帯をカウンターに乗せると私を後ろから抱きしめた。

「ちょっ……!」
「彩さん……大好き」

 私の髪に顔を埋めながら男が囁く。

 最近こういう事がなかった私には刺激が強過ぎるんだってば……!

「か……からかわないでっ」
「からかってなんかないよ。俺は彩さんだから抱いたんだ。他の女なら家にも行かなかったし抱きもしない。それどころか助けだって求めなかったよ」

 よくスラスラと言葉が出てくるわね。
 やっぱり天性のプレイボーイだわ。

「さっさとシャワー浴びて帰る用意しなさい」
「嫌だ」

 嫌だと言われても困る。

「彩さん、もう1回抱きたい」
「嫌」

 そうでなくても久々の行為で節々が痛いのだ。

「言ったでしょ、いい加減に仕事をする男は嫌いよ」
「……わかった。ちゃんと仕事する、だから今晩も抱かせて?」

 ソレしか頭にないのか?!

 男の唇が項
(うなじ)に触れる。

「あ……っ」

 与えられる甘美な刺激に声が漏れた。

「彩さんの声……エッチ」

 男がからかうようにクスクスと笑う。

「いい加減にしなさい……っ!」

 私は男の足を踏みつけた。

「痛……っ!」
「さっさとシャワー行け!」

 力が抜けた瞬間、男の腕から抜け出してキッチンに逃げ込む。

「彩さん可愛い」
「早く行きなさいっ!」

 私は布巾を男に投げつけながら再び怒鳴る。
 浴室に向う男の笑い声に腹が立った。

 朝から何考えてんのよ……。
 流されそうになった自分が情けない。

 取り敢えず朝食を2人分作って、男と入れ違いでシャワーを浴びた。

 身体の何箇所にも内出血……所謂キスマークが付けられている。
 こんなものを付けられるのも久しぶりだ。
 妙に恥ずかしい。

 何とか会社に行くには問題ない場所ではあるけれど……。
 でも、コレはアレをしたって証拠なわけで……。

 私は真っ赤な顔で鏡に映る自分の姿を見つめていた。

 相手は成人しているとはいっても22歳。
 それも有名人。

 ヤバイ……どぉしよう。
 とんでもない奴食っちゃった……。

 私は罪悪感と後悔に苛まれていた。






      
2007年10月02日

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