有名人な彼
その後の2人
第1話






 海と知り合って1年になる。

 私達の関係は相変わらずだ。
 翌日の仕事が遅い時や休みの時に私の部屋にやって来る。
 私も相変わらず同僚達との飲み会には参加しているし、大きく変わった事は何もない。

 海と付き合うからといって自分の行動範囲を狭める気もない。
 海もそれについて文句を言う事はない。

 私達の関係は簡単に言ってしまえば……曖昧だ。

 仕事柄というのもあるとは思うが、イベントの日に会った事はない。
 まぁ、海の誕生日には会ったけれど……プレゼントなんて用意しなかったし。
 クリスマスや大晦日や元旦も会わなかった。
 バレンタインもあげなかったので当然ホワイトデーもない。

 私から海にプレゼントをした事もない。
 海からは……お菓子を貰ったわね。

 妙に記念日を作りたがる男よりも気楽でいいけれど。

 昔付き合った男にそういう面倒な奴がいた。
 告白記念日、初デート記念日、初キス記念日、初エッチ記念日……何でも記念日にしてしまう鬱陶しい奴が。
 毎月何かしらの記念日があって……さすがにブチ切れた。
 笑っていられるのは最初の数ヶ月間だけだ。
 その後は鬱陶しくなって一気に冷めていく。
 半年も付き合うとうんざりしていた。

 だからこそ海とのこの関係がラクだと思える。
 本音を言ってしまえば……ちょっと物足りない気はするけれど。

 まぁ、こういう世界の人間と付き合うという事は多少の覚悟が必要という事で文句は言えない。
 海が時々やって来るだけでも贅沢なのだから……。





 週末の朝。
 洗濯物と布団をベランダに干して大きく身体を伸ばした。

 今日は何をしよう?

 1人きりの週末。
 1人暮らしを始めてから今まで嫌というほど適当に過ごしてきたけれど……。
 海と出会ってからは少し悩むようになった。

 2人でいても出掛ける事は出来ないし、単身の方が自由に動き回れるから何気に週末は1人のほうがありがたい。
 せっかくの休みなのだから出掛けたいし、日頃出来ない買い物もゆっくりしたい。
 しかし、海が来るのなら家で待っておきたい。

 正直、このような事で頭を悩ませる日が来るなどとは……考えるどころか想像すらした事がなかったが、このような悩みを抱えるのが嫌ではないと思う自分にびっくりである。
 昔の私からは考えられない。

 私は軽くシャワーを浴び、化粧を施して鞄を持った。
 目的もなくブラブラするのも結構楽しいものだ。

 取り敢えず池袋。
 渋谷は好きではない。
 すぐに声を掛けてくる輩がいるし、マナーはなっていないし、人が多過ぎる。
 以前お気に入りのバッグを歩き煙草の奴に焦がされてからは行く気もない。

 それに比べて池袋は落ち着く。
 その時点でおばさん?

 でも、幼い頃から通い慣れているからかもしれない……なんて言い訳をしてみたりして。
 地理も分かっているし気楽なのだ。

 玄関を出て鍵を掛けると携帯が鳴った。
 掛けてきたのは親友の澄香である。

「もしもし?」
『今何してる?』

 ……いきなりそれ?
 先ず名乗りなさいよ。

「出掛けようと思って玄関の鍵閉めたところ」
『じゃ、暇なんだね。12時に池梟
(いけふくろう)前。じゃあね』

 澄香の電話はあっという間に切れた。
 澄香の頭の中では 私が外に出る=海がいない=暇 らしい。
 確かに間違ってはいない。
 本当に用事があったら困るけれど……そんな事は滅多にないし。

 本音をいえば週末を一緒に過ごす相手ができて、ちょっと嬉しかったりして。
 私は携帯をバッグに突っ込んで駅に向かった。





 約束の時間。
 約束の場所に向かうと澄香が大きく手を振っていた。

「彩ぁ!」

 そんなに大きく手を振らなくても分かるのに……。
 私は苦笑した。

「何もこんなトコで待ち合わせしなくてもいいんじゃない?」

 待ち合わせ場所は他にもたくさんあるのに何故ココなのだろう?

「たまにはいいでしょ」

 楽しそうに澄香は笑った。
 澄香の指定してくる待ち合わせ場所は毎回違う。
 彼女にとっては待ち合わせも楽しみの1つのようだ。

「で? 今日は何の用があってここに呼んだのかしら?」
「ちょっと行きたい場所があったんだけど1人だと行き難いから」

 行きたい場所?

「何? どこに行きたいのよ? 変なトコは嫌よ?」
「大丈夫、変なところには行かないから♪」

 イマイチ信用できない親友は笑顔で答えて私の手を引っ張る。
 私は黙って彼女に引かれるまま付いて行く。

 そして着いた場所は何故か宝石店。
 ……とはいえ、比較的リーズナブルな全国チェーン店なのだが。

「ここ?」
「あ、別にこの店じゃなくてもいいんだけどね」

 意味が分からない。
 しかし、今の言葉はこの店に凄く失礼だと思う。

「先月彼氏が出来てさ、誕生日に指輪買ってくれるって言うんだけどサイズ分からないから測ってもらおうと思って」

 それで私を付き合わせるのか?

「その彼氏と来た方がいいんじゃないの?」

 目の前で測って、合う物を買って貰った方が効率的だと思う。

「何言ってんのよ。サイズだけ伝えて、彼氏のセンスで買ってもらうから嬉しいんじゃない」

 そんなものなのか?
 私には分からない。

「そういえば彩って指輪とかしないよね?」
「だって邪魔だもの」

 指輪をしてると凄く指が気になるし、仕事に集中できないのよね。
 石が付いたのは特に回転するし落ち着かない。

 ネックレスもそう。
 留め具が前にくるのが気になって仕事に集中できない。
 学生時代も勉強に集中できなくて苛々して、それ以降は全く身に着けなくなってしまった。

「ついでだからこの子のサイズも測ってもらっていいですか?」

 澄香は店員さんに微笑んだ。
 店員さんも同じように微笑んで私の指にリングゲージというものを通していく。

 指のサイズってこんなので測るんだぁ……へぇ。

 私は自分の指のサイズよりもそちらに興味を示していた。

「え? 私ってそんなに指太いんだ?」

 澄香の声に私は振り返った。

「どうしたの?」
「10号だって……バレーボールなんかやらなきゃもっと細かったのかなぁ?」

 さぁ?
 バレーボールと指のサイズって関係あるの?

 私は首を傾げた。

「彩は?」
「は?」
「サイズ」
「……さぁ?」

 聞いてなかった……。

「お客様のサイズは9号ですね」

 店員さんがニッコリと微笑む。
 先日他の部署の寿退社した女の子が7号と言っていた気がする。

「私も太いのかしら……?」

 自分の指を眺めながら無意識に呟いたらしい。

「そんな事ないですよ。9号から13号くらいの方が多いですから」

 店員さんはまたも笑顔で答えてくれた。

「へぇ……平均か」

 あの子が細かっただけなのか、店員さんのお世辞か……深く考えるのはやめておこう。
 澄香は何故かピンキーリングを眺めている。

「彩、コレ可愛いと思わない?」
「あんた小指測ってもらってたの?」
「え? ついでだから中指と薬指と小指測って貰ったけど?」

 ついででそんなに測ってもらうあんたの図太さが好きだわ。
 それも両手。

 澄香は予定にあったのかなかったのかピンキーリングとピアスを購入して満足げに店を出た。

「私がいた意味ってあるの?」

 素朴な疑問。

「1人じゃ入り難いじゃない、あぁいう場所って」

 そうかしら?

「じゃ、お昼食べに行こっか」

 澄香ならば1人でも充分に行けたと思う。
 私は首を傾げながら彼女の後を追った。




「……で? 何でこうなるのかしら?」

 自分の部屋に帰って来た1時間後。
 布団や洗濯物を片付けて一息ついている私の目の前に澄香が再び現れた。

「暇そうだったから?」

 何故に疑問形?
 彼女は酒やつまみを大量に抱えていた。

「だって海君いないんでしょ? 暇じゃない。飲も♪」

 澄香は私を押し退けるようにあがり込むとキッチンの冷蔵庫を開けて酒を詰め始めた。

 ここ私の部屋なんだけど……。
 私の周りはなんでこうも勝手な人間ばかりなのだろう……?

「彼氏は?」
「忙しいみたい」

 土曜日に仕事?

「サービス業?」
「うん」

 休みが合わないなら付き合うのも大変ね。

「じゃ、酒飲む場所を提供する代わりにあんたの彼氏の話聞かせなさいよ」
「何でも答えちゃうわよ♪ 名前も年も趣味も馴れ初めも性癖も♪」
「……性癖はいい、遠慮しとく」
「遠慮すんなぁ♪」

 澄香に彼氏が出来たのは1年ぶりくらいだと思う。
 こんなにご機嫌な澄香を見るのは久しぶりだ。
 親友の喜ぶ顔を見られるのは素直に嬉しい。

 しかし、彼の話を聞かせろと言った私はすぐに後悔する事になった。
 澄香のノロケ話を延々6時間も聞かされたのだ……。





 澄香は飲むだけ飲んで、喋るだけ喋ったらソファで爆睡してしまった。

「まったく……ただ単にノロケたかっただけじゃない」

 私は寝室から毛布を抱えて来て澄香に掛け、背凭れを倒してベッドにした。

「嬉しそうな顔して寝ちゃって……」

 私が澄香の頬をツンツンと突くと顔を顰めながら反対側を向いた。
 こうやって幸せそうな澄香を見るのは私も嬉しい。

 去年は励まされてばっかりだったしね……。

 私はテーブルの上を片付けながらカウンターの上に置かれた携帯に視線を移した。
 連絡もなく1週間。

「何してんだか……」

 キッチンに皿や空き缶を運んで私は溜め息を吐いた。

「薄情者……」

 小さく呟くと玄関の方から物音がした。

 新聞が届くような時間ではない。
 こんな時間に何だろう?

 私は澄香に視線を移したが、彼女は爆睡していて目を覚ます気配さえない。
 更には玄関が開く音がした。
 私は恐る恐るキッチンから玄関を覗き見る。

「ただいま」

 静かに入ってきた人物が私の顔を見て微笑んだ。

 まさか来るとは思わなかった。
 他に来る人間などいないけれど、連絡もなかったし……。

「なにがただいま、よ。あんたの部屋はここじゃないでしょ?」

 1週間も連絡してこないで突然来るなんて何考えてんのよ?

 澄香が寝てるので若干ボリュームを抑えながら言葉を返す。

「彩さん、怒らないでよぉ……」

 海は情けない顔をしながらリビングにやって来るとソファベッドで眠る澄香を見つけて苦笑した。

「澄香サン来てたんだ?」
「そうよ、彼氏のノロケ話を6時間も聞かされたわ」
「ご苦労様」

 海はそう言って私を抱きしめた。

「やっぱり“ただいま”だよ彩さん。俺の帰る場所は彩さんの所しかないもん。彩さんを抱きしめてると安心する」

 海の唇が私の耳に触れる。

「あっ……澄香がいるんだから駄目っ……」
「声出さなけりゃバレないよ」

 そういう問題じゃなくて……っ!

 海は悪戯な笑みを浮かべて私を抱き上げた。

「か……海、本気……? 駄目だって……っ」
「澄香サンがいたら俺の寝る場所は彩さんのベッドしかないでしょ? 俺は同じベッドに寝て我慢なんか出来ないよ」

 澄香がいなくてもベッドで寝るくせに……。

 寝室の扉を開けて私を下ろすと、海は後ろ手に扉を閉めて私にキスをした。

「か……んっ」

 角度を変えながら繰り返されるキスに私は抗えなかった。





 翌朝目を覚ました私は、さっさと服を着てキッチンに向かった。
 澄香はぐっすりと眠っている。

 随分飲んで酔っ払っていたし……昨日の……気付いてないわよね?

 不安になりながら私は朝食の準備に取り掛かった。
 キッチンで動き回る音が煩かったのか、暫くして澄香が目を覚ました。

「彩……頭痛が痛い……」
「日本語間違ってるから」
「そういうツッコミなし〜。マジで辛いんだけどぉ……」

 澄香がうつ伏せになったまま頭を抱えている。

「そりゃ酒弱いくせにあれだけ飲みゃ二日酔いにもなるでしょ」

 甘くて飲み易いのは分かるけれど、酒に弱い人がカクテル●ートナーを5本も飲んだのだから。

「二日酔いなの澄香サン?」

 服を着た海が寝室から出て来た。

「久しぶり〜海君。おかえりぃ。マジ冗談じゃなく二日酔い〜。なんでこんなに飲んだんだろ……」
「彼氏のノロケ話6時間もしてよく言うわよ」

 まったく……結局、出会いから始まって聞きたくないって言った性癖まで聞かせたくせに……。

「俺にも聞かせてよ」

 海はニコニコと澄香に微笑む。

「何が聞きたい? 名前? 年? 馴れ初め? 性癖? どれがいい?」

 二日酔いはどこへやら。
 澄香は嬉しそうに海に問い掛けている。

「個人的には性癖って興味あるよね。面白そうだったら試してみたいかも」

 試してみたいって……それって……。

「海……!」
「冗談冗談♪」
「冗談って顔じゃないんだけどな。海君ってエッチ♪」
「男は皆そんなもんじゃないの?」

 澄香が女に見えなくなってきた……。
 まぁ、澄香はもともとそういう話が好きだし、話し出したら止まらないのだが……。

「食事前にそういう会話やめなさいよ、食欲減退するから」
「性欲が増してきちゃう?」

 澄香が楽しそうに笑った。
 私の反応を楽しんでいるのだろう。

 悔しくなった私は携帯電話を持って澄香に近付き大音量で音楽を聞かせてやった。

「彩っ! そんな子に育てた覚えはないわよっ!」
「育てられた覚えはないわよっ」

 私は耳を押さえる澄香に無理やり携帯を押し付ける。

「彩さんと澄香サンってホント仲良しだよね」

 海は楽しそうに私達を見ていた。






      
2007年12月17日

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