大好きな彼女番外編
大久保 翔平
― 4 ―
1ヶ月ほど海は来なかった。
忙しいのかもしれない。
暢気にもそんな風に思っていた。
「店長!」
座敷の片付けをしていた俺を従業員が呼んだ。
「どうした?」
厨房に入ると、そこには海が冴えない顔で立っていた。
「突然来るなよ、驚くだろ」
驚いたのはその死人のような顔に、だが。
「……ごめん、空いてる?」
久しぶりにこんなに落ち込んだ海を見たかもしれない。
「今片付けてる、ちょっと待ってろ」
海を放っておけなくて、従業員に座敷を片付けを任せた。
どうしたのか話してくれない事にはこちらも掛ける言葉が見つからない。
「顔色悪いな。何かあったのか?」
少し痩せたかもしれない。
「色々あり過ぎて何から話していいのかも分かんないんだよね……」
「ま、無理には訊かないさ。話せるようになったら聞かせてくれ」
俺は海の頭を撫でた。
海は座敷に向かう途中彼女の席に視線を向けた。
特等席に彼女の姿はない。
おそらくお手洗いだろう。
「今席を外してるみたいだけど来てるよ」
俺は海を案内して、お手拭きと突き出しを取りに厨房に戻った。
背後で襖が開く音がした。
海が座敷から出て来てお手洗いに向かったのだ。
あいつ……使うなら従業員用のを使えって言ってるのに……!
俺は誰かに見つかる前に連れ戻そうと海の許に向かった。
「……何?」
彩ちゃんの驚いたような声が聞こえる。
しかし、何かが違う。
その声に違和感を感じた俺は、そっと2人の様子を覗き見た。
「久しぶり」
聞こえたのは間違いなく海の声。
久しぶり……?
「そうね」
俯きがちに彼女が答える。
「あんまり遅いと皆が心配するの、何か話があるなら後で聞くわ」
他の客に気付かれないようにだろう、彩ちゃんは随分と小さな声で話している。
海は通り過ぎようとした彼女の腕を掴んで抱きしめた。
「なっ……?!」
彩ちゃんも驚いたようだが俺も相当驚いた。
ただ見ているだけの女性だと思っていたからだ。
接点などありはしない。
少なくとも俺は知らない。
この店の常連客と俺の友人というだけだ。
「彩さん……会いたかった」
「後で話し聞くから。今はやめて、放して。人が来て困るのはあんたよ?」
彼女が海の背中を軽く叩くと、海は軽くキスを落として彼女を解放した。
俺は座敷で海を待つ事にした。
あの2人は知り合いのようだ。
それもキスを出来るような間柄。
彩ちゃんは海の扱いにも慣れているようだし……。
“人が来て困るのはあんたよ?”なんて、素直じゃない言葉で海の事を気遣っていた。
自分は困っても構わない、という子だから海を守るための言葉だったのだと思う。
でも、一体いつの間に……?
「海……お前、彩ちゃんと会ってるのか?」
座敷に戻って来た海に前置きもなく尋ねた。
「なんでさ……?」
「今の見ちゃったから」
「俺の片想いだよ」
海は苦笑した。
「そうは見えなかったけどな」
彼女は嫌がっていなかったし、お前の事を気遣っている。
それに、彩ちゃんはどうでもいいような奴と簡単にキスをするような軽い女ではない筈だ。
「前に……この近辺で俺が追い掛けられた事あったじゃん?」
「あぁ……先月だっけ?」
「うん……あの時、彩さんに助けてもらったんだよ」
海は頬杖をついてつまみを掻き混ぜる。
あぁ……綺麗に盛り付けてあったのに……ってそんな事気にしてる場合ではない。
「すごい偶然だな」
確かにあの時、何かおかしかったよな……。
そういう事だったのか。
「うん……最初で最後のチャンスだと思ったんだ。馬鹿みたいに必死だった。このチャンスを逃したら、もう彼女とは話せないって思ったから。彼女……海外研修の話、俺に話してくれなかったんだ……だから心配で会いに行った」
会いに行った……?
海外研修だろ?
外国じゃん。
さすがにやり過ぎだろ。
「俺は聞いてたぞ。お前が俺に連絡してくれたらすぐに分かったのに。彩ちゃんは真面目な子だから、研修中は来れないってわざわざ言ってくれたんだ。実際にあの飲み仲間も来なかったしな」
「仕事の邪魔しないでって言われた……」
それで落ち込んでんのか……。
本当に小学生並みだな。
「ま、当然だろ。言わなかった彼女にも何か理由があったんだろうしな」
テーブルに肘を付いて俺は微笑んだ。
「後で話聞いてくれるんだろ、ちゃんと謝って許してもらえよ」
俺は海の頭をポンポンと叩いて厨房に戻った。
「店長……顔ニヤけてますよ……」
従業員が顔を引き攣らせていた。
「あぁ、小学生並みの恋愛が成就しそうなんだよ」
海があんなに真剣に女を想った事があっただろうか?
女の言動1つであんなに落ち込むなんて初めてだ。
彩ちゃんの様子からもおそらく両想い。
そう思うと、自分の事のように嬉しかった。
「あら残念」
突如聞こえた女の声にギョッとして振り返った。
「由香……何してんだ?」
「海君の恋愛、成就しそうなの?」
「あぁ、やっとな」
「残念ね、もうあの画像使えないのか……」
あの画像……ってアレか?
「まだ持ってたのか?」
「いつか使えるんじゃないかって思ったんだけど……」
本当に残念な顔をするなよ。
「久しぶりに今夜はいい酒が飲めそうだ」
俺は座敷を眺めながら呟いた。
「私もご一緒してもいいのかしら?」
由香が俺の腕に手を絡めてくる。
「勿論。俺と酒を飲む女はお前しかいないだろ」
絡められた手を包み込むように俺の手を重ねると、由香が俺の指先を掴まえてキュッと握り返してきた。
「店長……イチャつくのは閉店後にお願いしていいっすか? マジ目に毒っすよ……」
従業員の言葉に由香と顔を見合わせて微笑んだ。
俺達ももうそろそろ……なのかもしれないな。
店もだいぶ軌道に乗ってきて安定した売り上げを出している。
あとは俺と由香の問題だ。
やっぱ急には驚かすだけだろうし……雰囲気だよな。
由香は仕事を楽しんでるし、そんなに急ぐ事もないだろう。
そんな事を考えたのを隣の女は気付いたのか気付かなかったのか……。
いつか海が彩ちゃんと2人で飲みに来てくれる日が来るのだろうか?
そんな日が来る事を願わずにはいられない。
あの様子だと、多分そう遠くない未来に見れるだろう。
そして2人と話す俺の隣で由香が一緒に笑っていてくれると嬉しいんだが……。
由香が顔を上げ、視線がぶつかる。
俺が首を傾げると由香は小さく微笑んだ。
“よかったわね”と言ってくれている様に感じた。
多分、由香も心配していたのだろう。
かなり苛めてはいるが可愛がっているのも事実。
由香は相当な天邪鬼。
さっきの彩ちゃんを見てもそう感じた。
もしかしたら彩ちゃんといい勝負なのかもしれない。
年齢も近いし、似たような性格してるし、意外といい友人になれるのではないだろうか?
そう思うと数年後が楽しみになる。
俺は由香の頭を抱き寄せ、軽く額に口付けた。
― Fin ―
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