大好きな彼女番外編
大久保 翔平
― 3 ―






 海がこの店に通い始めてもう2年以上になる。

 片想いは相変わらずのようだ。
 こんなに1人の女に執着する海を見るのは俺も初めてだった。

 女カメラマンと付き合ってる時もそんなに関心を持っていなかったように思う。
 まぁ、海本人もその行為に興味があっただけだと言っていたし、実際にそうだったのだろう。

「え? マジ?」

 従業員が集まって週刊誌を読んでいた。

「店長、望月 海が週刊誌に撮られたみたいですよ」

 従業員が差し出した週刊誌を見て俺は溜め息を吐いた。

 海はまた来れないのか……。

「店長、望月さん暫く来れないんですか?」

 従業員が俺に尋ねてきた。

「おそらくな」

 それしか答えられない。
 俺にはよく分からないからだ。

「でも出雲 カナかぁ……俺はあんま好きじゃないけどなぁ」
「胸だけはあるじゃん」
「望月 海って巨乳好きなのかな?」

 従業員は好き勝手に話を盛り上げる。

 海の好みなわけないだろ。
 やらせだ。
 海が惚れたのは俺達も知っているあの子なのだから。

 今日も彼女はいつものメンバーと飲んでいる。

 海に見せてやりたい……。

 俺は携帯電話をカメラモードにして彼女に向けた。
 シャッターを切って保存し、海のメールアドレスを呼び出していると肩を叩かれた。

「客の女の写真をどうするつもりかしら?」

 覗き込む女は微笑んでいるが目だけは殺気を含んでいた。

「由香……なんでお前ここに……?」
「先ずは答えなさい」

 現役モデルの由香は目立つ。
 178cmの身長に整った顔立ち、細く長い手足、尻に到達するほどの長く真っ黒な髪。
 客の視線も由香に釘付けだ。

「分かった、説明する。取り敢えず奥に行け、お前目立ち過ぎだ……」

 由香は俺の手から携帯を抜き取るとバックルームに向かった。

「お騒がせしました」

 俺はお客達に苦笑しながらお辞儀をしてバックルームに入った。

「で? この女は何なの?」

 由香は嫉妬深い。

「海の片想いの相手だよ。あいつ週刊誌に撮られたろ? 暫くこの店にも来れないだろうから写メくらい送ってやろうかと思ったんだよ」

 俺は髪を掻き上げた。

「海君のねぇ……」

 オイオイ、疑うのか?

「じゃ、この画像私が貰うわ。別に構わないでしょ?」
「どういう意味だよ?」
「ボスが海君にモデルして欲しいって言ってるの。海君の片想いの相手じゃ使えるじゃない」

 由香は氷の微笑を浮かべた。

 鬼畜……。

「そんなんで海を釣らないでくれ。あいつ今回本気なんだ」

 そうやって彼女を餌にしないでくれ。

「ホント海君贔屓ね。じゃあ貴方が仕事請けてくれない?」

 性格変わってきたぞ、お前……。

「俺は引退した身だ」
「じゃあ海君しかいないわね」
「お前恋人まで脅すようになったのか?」
「某化粧品メーカーのイメージキャラクターよ。男性化粧品も発表するらしくて祥平にやって欲しいんですって。女性部門は私よ」

 由香は俺に携帯を手渡しバックルームを出て行った。
 確認してみると携帯のデータから彼女の画像は無くなっている。

「あの女……」

 彩ちゃんを使って海に仕事を強要させる事だけは避けたかった。
 苦渋の決断。

 結局……引退した筈の俺がその化粧品メーカーのモデルを引き受ける事になったのは言うまでもない……。





「店長、注目の的ですよ」

 従業員がニヤニヤと笑っている。

 理由は簡単。
 化粧品メーカーのモデルを請けてしまったからだ。

 女性雑誌にも男性雑誌にも俺と由香の写真が載っている。

「店長さんモデルやってたんですね〜」
「カッコいいと思ってたんだぁ」

 若い女性客が増えるのはいいが、モデルの話ばかりされるのは正直勘弁願いたい。

「大変ですね」

 彩ちゃんが俺を見て苦笑していた。

「引退した筈だったんですけどね」
「お世話になった方から頼まれると断れないものですよね」

 彼女は俺が嫌々やったのを感じ取ったのかそう言ってきた。
 まさか脅されたなんて言える筈もなく苦笑するしかなかった。

「あ、もう9時半? 私帰るわね」

 彩ちゃんが立ち上がった。

「もうそんな時間か……珈琲は?」
「いただきました」

 彼女は合掌して微笑んだ。

 う〜ん、エンジェルスマイル……。
 苛々が治まっていく。

 彼女が帰った後はもう諦めムードだった。
 声を掛けてくる客のほとんどが雑誌を片手にサインを強請ってきたり写メを撮らせろと言ってきたり……。

 早く閉店時間にならないかなぁ……。

「ねぇ、望月 海が駅前にいたらしいよ! 友達が見たって!」

 11時を回った頃に客の女が携帯を見ながら言った。

 海が……駅前に?

 俺は携帯を取り出して確認してみたが着信はない。

「望月さん来るつもりだったんですかね?」

 従業員が呟く。

「無事だといいんだけど……」

 海はこの店の従業員達に好かれている。
 彼らも本気で心配してくれているのだろう。

 この店の店員は芸能人を見ても騒がないヤツを選んだ。
 芸能人を見ても外に漏らさない口の堅いヤツばかりだ。
 まぁ、半数以上はモデル時代の仲間なのだが。

 お蔭でこの辺では“モデル級のスタッフがたくさんいる飲み屋”と言えば分かるようになってしまった。
 まぁ、実際にほとんどが元モデルだ。

 俺は海の携帯電話に電話してみた。
 コール音はしているが出ない。

 どこかに隠れてるのか?

『海、今どこにいる? 店の傍にいるのか?』

 メールも送ってみたが返事はこなかった。
 そのおかげで俺は2日間心配しながら過ごす事になったのだ。

 返事くらい送って来い馬鹿野郎……!





 週明けの月曜日、夜7時頃に海がやって来た。
 メールで知らされはしたが、週末の件は何も書かれていなかった。

「お、海か。悪い、今日まだあそこの座敷空いてないんだ」

 先日の化粧品メーカーの写真が好評だとかで再び契約の話を持ってくる輩が増えた。
 売り上げになるので邪険にはできないのが痛いところだ。

「カウンターでいいよ」

 小さく微笑む海の顔を見た俺はほっと胸を撫で下ろした。

「そういえばこの間大丈夫だったのか? お客がこの近所にお前がいたって言ってたから気になってたんだ」
「あ……この間ね……うん、大丈夫。逃げ切ったよ」

 海の歯切れの悪い言葉が妙に引っ掛かるが……まぁ無事だったならよしとしよう。

 厨房に近いカウンター席は従業員が休憩の際に使用する事もあって目立たない場所にある。
 観葉植物で目隠しされているので客からも気付かれにくい。

「こんばんは」

 顔馴染みの店員に挨拶しながら彼女が店に入って来た。
 そしていつもの席に案内されて腰を下ろし、メニューを見る事なくビールとつまみを注文する。

「そういえば彩ちゃん、海外研修の話どうした?」
「あぁ……まだ保留。今忙しい時期だし……ってもう締め切りよね、ちゃんと返事しなきゃね」
「彩ちゃんがいなくなったら俺ら仕事できないよ。寂し過ぎて」
「大袈裟よ」
「伊集院君だって行くんでしょ?」
「彩ちゃんが行かないなら考えるよ」
「駄目じゃん」

 彼女が困惑した顔をしていた。

 やっぱり営業なのかな?
 仕事が出来るのだろう。
 何だかカッコイイではないか。

 俺は5人の会話を聞きながら微笑んだ。

 しかし隣の坊やは違う。

「海……お前恐いぞ?」

 すこぶる機嫌が悪い。

「何で皆あんなふうに彼女を口説くんだろ?」
「皆彩ちゃんが好きだからに決まってるだろ」
「そのわりに軽いよね」

 当然だろ。

「そりゃ会社が同じなんだから仕方ないんじゃないか?」
「そんなもん?」
「そんなもんだよ。振った男と同じ職場にいたら仕事やりにくいだろ」

 チラチラと彼女を見ていたら、彩ちゃんがこっちを向いた。
 海は慌てて視線を逸らし俯く。

 それを見た俺は苦笑するしかなかった。

 小学生かお前は?
 あまりにも反応が可愛過ぎる……。

 海は暫く俺と話して店を出て行った。
 酒を飲んだという事はこの後は帰るだけなのだろうが……。

 その時は彼女よりも早く帰るなんて珍しい事もあるもんだ、と思う程度だった。






      

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