大好きな彼女 続編
その後の2人
第10話






 12月。
 クリスマスイルミネーションが輝き、街はいつもよりも3割も4割も明るく思える。
 俺の日常は全く変わらないけれど。

「柴田さんはクリスマスの予定どうなってんのさ?」
「喧嘩売ってんの?」

 運転席から若干低くなった声が返ってきた。
 機嫌が悪いらしい。

「なんでそうなるのさ?」
「あんたと一緒に仕事よ、決まってんじゃない」

 あぁ、やっぱ仕事なんだ……。

「たまにはクリスマスに休みたいな」
「平日じゃ彼女も仕事でしょ? 何よりもイヴは水曜日だからいつものメンバーで飲んでんじゃないの?」

 それを言われると返す言葉もない。
 確かにそうなのだ。

「去年だって一緒に過ごせなかったのに」

 分かってはいるけれど……寂しい。
 彩さんとイベントの日にまったりと過ごした事などない。
 こういう仕事をしているし、難しいのは分かっている。
 多くは望まないけれど……年に1回くらいはイベントの日を楽しんでみたい。

 これは我が儘?

「柴田さんってどうだった? クリスマスとかバレンタイン一緒に過ごせてた?」
「1年間で結構イベントってあるじゃない。どれかは一緒に過ごせてるわね」

 何があるのさ?

「そんなにある? 正月にバレンタイン、ホワイトデーでしょ? 後はクリスマス位じゃないの?」
「結婚記念日に誕生日だってあるじゃない」
「俺独身だし」

 でも、そのくらいしかない。

「誕生日、彩さんに会ったじゃない」
「彩さんは俺の誕生日なんて知らないよ」

 柴田さんがクスッと小さく笑った。

「何さ?」
「別に……」

 すっごく気になるんだけど?

 柴田さんは教えてくれない。
 俺は窓の外を眺めて小さな溜め息を吐いた。

 交差点の手前の信号で車が停まる。
 目の前に存在感のあるツリーが飛び込んできた。

「柴田さん、あのツリー買って」
「はぁ? こんなトコで路駐できるわけないでしょ」
「どっか停まってよ。あれ欲しい」

 柴田さんは大きな溜め息を吐いて、少し先の道路端にあるコインパーキングに駐車した。

「ここの駐車料金は海が払いなさいよ」
「うん、ツリーもね」
「当然でしょ」

 柴田さんには俺名義のクレジットカードを1枚と銀行のキャッシュカードを預けている。
 自分で下ろしに行けないし、こうやって買い物を頼む事があるからだ。

 5〜6万しか入ってない財布を後部座席から柴田さんに差し出す。

「財布はいいわ。あんたのお金預かってるし、それで払うから」

 車を降りた柴田さんは、ツリーが置いてある店の前に着くと俺の携帯に電話してきた。

『これ?』
「違う、その2つ隣のやつ。……あ、それ!」

 窓から覗きながら柴田さんに答える。

『結構大きいわよ?』
「いいのっ、それが欲しいの!」
『飾りは?』
「買ってきて」
『どんなの買えってのよ?』
「柴田さんのセンスに任すよ。大量に買ってきてね」

 彩さんの部屋にクリスマスツリーはない。
 イベントが嫌いなのか興味ないのか……。

 その辺はよく分からないけれど、誘えば一緒に飾り付けくらいしてくれるだろう。

 大きければその分彩さんと楽しい時間を長く過ごせる。
 俺は彩さんと楽しく飾り付けする姿を想像して1人微笑んだ。





 彩さんと2人で時間を掛けて飾り付けたツリーは薄暗い部屋の中でカラフルな灯りを点滅させている。

 俺は彩さんと一緒に生まれたままの姿でソファベッドの上に転がってそれを眺めていた。

「クリスマス……仕事したくないなぁ」
「何言ってんの、売れなくなったら仕事したくても出来ないのよ? 使ってもらえる時にしっかり働いてきなさい」

 彩さんは呆れたように俺の鼻を摘みながら言った。

「彩さんといたい」
「帰ってくればいるじゃない」

 帰ってくれば……。

「そうだよね、彩さんの家はここなんだもんね」

 彩さんの身体の上に覆いかぶさるようにして微笑むと、彩さんの顔が微かに引き攣った。
 若干警戒されている気もする。

「……何?」

 本当に勘がいい。

「我慢して仕事するからもう少しだけ彩さんを感じたいな」

 勿論返事など聞く気もない。

「あっ……海、待っ……○×△※!!」

 明日はクリスマスイヴ。
 イタリア野郎と一緒だと思うと悔しかった。

「彩さん、愛してるよ」

 彩さんが好きだって言ってくれたのはあの日だけ。
 去年の俺の誕生日にたった1回だけ。

「彩さん、俺の事好き? 好きだったら好きって言って? 彩さんの心も身体も俺のものだって言って? 俺、不安なんだ。……明日イタリア野郎と一緒なんでしょ?」

 彩さんを抱きしめると彼女の手が俺の身体を抱きしめた。

「なんで伊集院君なの? どうしてそんなに嫌がるのよ?」
「彩さん、あいつの名前なんか口にしないで。ねぇ、俺の事好き?」

 彩さんは俺の胸に顔を埋めて小さく頷いた。

「ちゃんと言って?」
「……や」
「ん?」
「嫌」

 俺は悔しくて彼女の体中に印を残した。

「彩さんは俺のだよ、誰にも渡さない」

 今は腕の中で乱れてて気付いてないけれど、朝になって困ればいいんだ。
 見えるところにいっぱい残してやる。





「……海、コレは何?」

 朝、彩さんが自分の身体を見て固まっていた。

「見ての通りキスマーク」
「なんでこんなに? 病気みたいで気持ち悪いんだけど?」
「彩さんが悪いんだよ」

 好きだって言ってくれないから。

「隠せないじゃない」
「見せとけばいいじゃん」

 彩さんは俺を睨みながら浴室に向かい、そこで再び大声を出していた。

「何よこれ〜?!」

 その声を聞いて噴き出した。
 予想以上に付けられている事に気付いたらしい。

 頑張って隠してね、彩さん。

 彩さんは珍しくブラウスではなくてタートルネックの薄手のセーターにパンツスーツで出社して行った。

 首にも腕にも足にもたくさん付けちゃったからね。
 あの男だったら気付くでしょ。

 そう思うと妙に楽しかった。






      
2008年03月05〜06日

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