大好きな彼女 続編
その後の2人
第11話
クリスマスの昼、いつもの車に乗り込むと後ろにたくさんのプレゼントが積まれていた。
「柴田さん、サンタクロースでもやるの? 何なのさコレ?」
アル●ァードの3列目に積まれたプレゼントの山を眺めながら柴田さんに尋ねる。
「あんたへのクリスマスプレゼントよ。朝、事務所に寄ったら積まれたの」
「要らない」
「あんたねぇ……」
だって……欲しい物などこの中にはないのだから。
「柴田さんにあげる」
「要らない。あんたの部屋に放り込んどくわ」
俺だって要らないのに……。
「俺が欲しい物はこの中にはないから」
「そうよね、彩さんが欲しいだけだものね、海は」
違うよ。
「彩さんは俺のだよ。俺は彩さんとクリスマスを過ごしたいだけだよ。去年だって過ごせなかったし」
柴田さんは大きな溜め息を吐いた。
呆れたのだろう。
撮影が終わればサイン会。
クリスマスに来る奴なんかいないでしょ?
何考えてんだか……。
「海、着いたわよ降りて」
撮影所に到着したようだ。
車から降りると門の向こうから悲鳴のような声が聞こえた。
警備員の制止を振り切って次から次へとラッピングされた箱が投げ込まれる。
「あれもあんたの部屋に放り込んどくわ」
柴田さんが呟いた。
要らないってば……。
プレゼントを貰えば貰うだけ機嫌は悪くなっていく。
本当に欲しい物が手に入らないから……。
夕方、撮影を終えた俺が不機嫌を隠しもせずに向かったのは新宿紀●国屋本店。
今日は俺の写真集の発売日。
3冊目の写真集だ。
今回のは自然体の俺を撮ったと帯に書かれている。
実際は望月 海を演じている俺を撮っただけなのだが。
本当の俺を知っているのは柴田さんと社長、副社長……そして、彩さん。
あ、翔平や由香さんも知っている。
澄香サンとか。
そうやって考えると、結構な人数が本当の俺を知っているのだと気付く。
クリスマスだというのにこんな所にやってくる物好きなどいるはずがない。
俺は控え室となっている一室に案内された。
そこには事務所スタッフが数人と書店側の人間が数人いた。
事務所スタッフがテレビカメラを持っている。
サイン会の様子を撮るためなんだろう。
丁度不機嫌だし笑う事も出来ない俺にとっては何の問題もないけれど。
「海君、スゴイ人気だね。500人並んでるって」
「抽選で500人限定なんだよ。紀伊●屋周辺にはたくさんのファンが海君見たさに集まってる」
500人も並んでるの?
こんな日に?
物好きとしか言いようがない。
俺は答える事もなく差し出されたお茶を口に運んだ。
「柴田さん、今日何時まで? 日付超える?」
「今日はコレで終わりよ」
これで終わり?
これが終わったら帰れるの?
「海、顔!」
後頭部に柴田さんの平手が飛んできた。
柴田さんの声とバチンという音に周囲が振り返る。
その眼は柴田さんを恐れていた。
確かにスゴイ人なのだが、何故そこまで恐れるのか理解に苦しむ。
「気合入れなさいよ。私、ちょっと出てくるから。あ、時間になったら始めて下さい」
柴田さんは書店の責任者の男にそう言い残して部屋を出て行った。
俺を置いてどこに行くのさ?
しばらく、閉じられた扉を睨んでいると責任者らしい男が両手を擦り合わせるようにして傍に寄ってきた。
「そろそろお時間になりますが、お部屋の移動をお願いしてもよろしいでしょうか?」
俺は頷いて立ち上がり、その男の後を付いて行った。
ダンボールの詰まれた廊下を歩いて辿り着いたのは左右にドアがある広くなくて薄汚い部屋。
入口と出口が分かれているらしく、両サイドに扉がある。
取材陣のカメラも数台設置してあり、カメラマンも結構いた。
そして、その中に紛れて何故か社長と副社長の姿もある。
「何しに来たのさ?」
社長の顔を見ると嫌な記憶が蘇る。
まだ許したわけではない。
「海君の仕事してる姿を見に来ただけだよ、今日は、ね」
その、強調された“今日は”がすっごくムカつく。
俺の不機嫌メーターは社長の顔を見て一気にMAXに達した。
……しっかし。
500人って多い。
大した事ないと思った俺が馬鹿だった。
サインして握手して簡単に会話を交わす。
簡単な事だと思うかもしれない。
でも、中にはプレゼントを渡してくる人もいる。
なかなか手を離してくれない人。
凄い力で握ってくる人。
泣き出す人。
勢いで抱きつこうとしてくる人もいる。
まぁ、抱きつこうとする人は傍にいるスタッフが強制退室させてくれるけれど。
彩さん以外の女に抱きつかれたくないけれど嫌な顔もできないのが辛いところだ。
柴田さんがいない分、社長と副社長の眼が怖い。
とにかく。
思う様には流れていかないのだ。
暫く握手とサインを繰り返していると手の感覚が麻痺してきた。
「悪いけど、1回止めてくれない?」
事務所スタッフが手をマッサージしてくれるけれど癒されない。
彩さんはもう部屋に帰ったかな?
夕飯用意してくれてるのかな?
彩さんに“メリークリスマス”って言えるかな?
柴田さんはそんな休憩中に戻って来た。
「何してたのさ?」
こんな長時間離れるなんて今までなかった。
別に不安だったわけではないけれど、柴田さんがいないというのは何故か落ち着かない。
柴田さんは俺の1番の理解者だから。
柴田さんがいたら、自分から休憩を申し出る事もなかっただろう。
「あら、何か困った事でもあった?」
「別に」
柴田さんは俺を見て溜め息を吐いた。
「困った坊やね……あ、誰かアイスティ持って来て」
指示を出した柴田さんはポケットからチョコレートを取り出して俺の掌に乗せる。
その手が氷のように冷たかった。
「柴田さん、どこに行ってたのさ? 手、冷たいじゃん」
「外。人手が足りなくて大変なのよ」
素っ気なく言う柴田さんの鼻の頭は赤い。
もしかしたらずっと外にいたの?
「ねぇ、誰か柴田さんに温かい飲み物あげてよ。柴田さんが風邪ひいたら俺仕事しないからね?」
半分は脅しだ。
「海、やめなさい」
「本気だよ、俺の世話なんて柴田さん以外に出来るわけないでしょ? ま、やりたい奴もいないと思うけどさ。俺も嫌だしね」
スタッフの一人が柴田さんに温かいペットボトルのお茶を差し出した。
「大体なんで柴田さんが外に行く必要があったのさ?」
「言ったでしょ? 人が足りないのよ」
「だからって……」
「ほら、いつまでも休憩してんじゃないわよ。遅くなるわよ」
柴田さんは俺が座ってる椅子を蹴飛ばした。
「分かったよっ」
俺は髪を掻き乱して立ち上がった。
「ノンストップで最後まで片付けなさい」
「鬼……」
「あぁ?」
「……何でもないです」
柴田さんに背中を蹴られながらカメラとファンの待つ部屋に戻る。
「柴田さん、背中に蹴り跡付いてない?」
「大丈夫、後ろなんか見えないわよ」
そういう問題?
部屋に戻ると、とにかく流すようにサインと握手を繰り返した。
最後尾が近付いてきたのか、柴田さんの指示で取材陣が追い出される。
気が付けば事務所スタッフのほとんどもいなくなっていた。
残ったのは事務所のカメラだけ。
そのテレビカメラを持ってるのは何故か社長だ。
1番消えて欲しい人が残るとは……。
クリスマスにこれ以上腹の立つプレゼントはない。
「あんたの顔、これ以上撮られると人気落ちちゃうしね」
「どういう意味さ?」
「そのまんまでしょ、まるで工場の流れ作業じゃない」
……反論できない。
「ま、いいわ。早く終わらせちゃいましょ」
柴田さんは扉を開けて待っていた人を招き入れる。
そしてどのくらいの時間が過ぎたのだろう。
柴田さんが意味深に微笑んだ。
「ラストよ」
握手を終えた女性が部屋を出て行くと何故か出口の扉が閉められた。
俯き気味の俺の視界に2足の靴が映る。
見覚えのあるパンプスだ。
あ、彩さんと同じパンプスだ……。
そう思いながら顔を上げた瞬間、あまりにも予想外で……突然で、驚きを隠せなかった。
そこにいたのは彩さんと澄香サン。
もしかして……外にいたのは2人を待っていたの?
柴田さんを見ると、彼女は優しく微笑んでいた。
これは柴田さんからのクリスマスプレゼントなのかもしれない。
やっぱり1番の理解者だ。
欲しい物をきちんと分かってくれている。
クリスマスだけに今日だけは柴田さんがマリア様に見えてしまう。
「彩は海君の大ファンなの♪」
澄香サンの声に俺は髪を掻き上げながら再度俯く。
どうしても無表情でなどいられなかった。
緩んでしまう頬をどうにも出来ない。
「……メリークリスマス」
彩さんがそう言いながら写真集を差し出す。
……限界だった。
俺は我慢できずに微笑んだ。
柴田さんが大きな溜め息を吐きながら右手で顔を覆ったのが見える。
ごめん、もう無理。
「メリークリスマス、彩さん」
ゆっくりとサインして写真集を彩さんに手渡し、右手で握手を求める。
通常、それを求めるのはファンなのだが、この場合は違う。
素直に俺がしたいのだ。
戸惑いながら手を握る彼女をこのまま引き寄せて抱きしめてしまいたい。
そんな事を考えていると、澄香サンが俺の腕を叩いて嬉しい言葉を掛けてくれた。
「クリスマスプレゼント代わりにハグしてやってくれません?」
俺は小さく頷いて、テーブル越しだったけれど彩さんを抱きしめた。
「彩さん来てくれてありがとう……愛してるよ」
彼女の耳元で囁く。
彼女を抱きしめれば当然澄香サンもする事になる。
その後、確かに澄香サンも便乗してハグをしてきたけれど。
それには意味があって……。
「今日は彩借りるね。行きつけの店に連れてってもらうから」
それって……祥平の店の事?
せっかくのクリスマスにそれはないんじゃない?
恨めしそうに澄香サンの背中を見送ると、柴田さんが声を掛けてきた。
「残念だったわね」
絶対この2人はグルだ……。
前言撤回。
貴女はやっぱり鬼だよ、悪魔だよ……。
「彼女が“彩さん”か」
テレビカメラを切って社長が微笑む。
嫌な予感……。
「もしかして……」
彩さんが見たかっただけ……なんて言わないよね?
忙しいはずの社長がそんな好奇心だけで動くなんて事は……。
「可愛い人だね」
……あったらしい。
最悪……。
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