大好きな彼女 続編
その後の2人
第2話
4月の後半、彼女と出会って2回目の春。
俺が彼女を見付けてからは3年8ヶ月が経過していた。
地方ロケが続いた1週間。
俺は東京に向かう車の中で携帯を眺めていた。
彼女に電話をするべきかどうか考えていたのだ。
たまには連絡もなく突然行って驚かせるのもいいかもしれない。
そう思って携帯を開く事なくハンドバッグに突っ込んだ。
もう少しで彼女に会える。
そう思うだけで顔が綻ぶ。
無表情が辛いと思うのは初めてではないけれど、どうしても彼女に会える日は顔に締まりがなくなる。
仕方がないだろう。
好きな人に会えるのを喜ばない奴なんかいない。
柴田さんの説教を聞き流しながら短い時間眠ろうと考えた。
寝ていればあっという間だ。
カーテンで仕切られた1人だけの空間で、俺は顔を綻ばせたまま眠りに就いた。
「海、着いたわよ」
柴田さんの声で俺は目を覚ました。
「彩さんもいるみたい、電気が点いてるわ」
そりゃそうだよ。
今日は土曜日だから彼女の会社は休みだもん。
彩さんの行動範囲はそんなに広くないし、休みの日のこの時間にいなかった事はない。
「じゃ、明日は夕方からロケだから15時に迎えに来るわね」
15時……。
柴田さんはきっと考えてくれたのだろう。
口にはしないけれど、柴田さんに感謝しながらセカンドバッグとボストンバッグを持って彼女の部屋へと向かった。
1週間のロケで大荷物。
大きなボストンバッグを廊下の床に置き、脇に挟んだセカンドバッグから彼女の部屋の鍵を取り出す。
出来る限りそっと開けたつもりだったけれど、彼女がキッチンから顔を覗かせていた。
何だか少し緊張している。
「ただいま」
久しぶりに見る彼女に微笑んだ。
……が。
「何がただいまよ。あんたの部屋はここじゃないでしょ?」
彼女は何故か不機嫌だった。
「彩さん、怒らないでよぉ……」
連絡しないで来たのが悪かったのか、1週間連絡できなかった事を怒っているのかは分からなかった。
連絡しなかったのにはちゃんとした理由がある。
早朝ロケとか深夜ロケが続いたし、日中は取材やら何やらで忙しかったし、撮影の合間に連絡しようとしたけれど仕事の時間だったのだから。
本当は彩さんの声を聞きたかったけれど、仕事中とか深夜に電話したら悪いかなと思って我慢していたのだ。
俺なりに学習しているつもりなのだが、彼女からの合格点はいつまで経っても貰えない。
リビングに視線を移すと何故かテーブルの上が賑やかだった。
それは1人ではないと物語っていて、彼女の機嫌が悪いのは男がいたからなのでは? と一瞬疑ってしまったが、ソファで眠る彩さんの親友を見つけて苦笑に変わる。
「澄香サン来てたんだ?」
「そうよ、彼氏のノロケ話6時間も聞かされたわ」
うわっ6時間はキッツイなぁ……。
「ご苦労様」
彩さんはそんな人じゃないって分かってるけれど……。
あまりに素っ気ないから想われている自信などなくて、いつも不安なのだ。
イタリア野郎の存在がいつも不安にさせる。
澄香サンの寝顔を見て安心した俺は彩さんを抱きしめた。
彼女を抱きしめると疲れも不安も蒸発するように消えていく。
「やっぱり“ただいま”だよ彩さん。俺の帰る場所は彩さんの所しかないもん。彩さんを抱きしめてると安心する」
彼女の耳元で囁いて耳にそっと口付ける。
「あっ……澄香がいるんだから駄目……っ」
そんな艶っぽい出さないでよ……。
ただでさえ1週間も会えなくて限界だというのに。
「声出さなけりゃバレないよ」
ソファの上で鼾を掻きながら眠る澄香サンを眺めながら微笑んで彩さんを抱き上げた。
「か……海、本気……? 駄目だって……」
「澄香サンがいたら俺の寝る場所は彩さんのベッドしかないでしょ? 俺は同じベッドに寝て我慢なんか出来ないよ」
まぁ、このソファで眠る事自体ほとんどないけれど。
寝室の扉を開けて彼女をを下ろし、後ろ手に扉を閉めて彼女にキスを繰り返した。
「か……んっ」
戸惑う彼女の声も誘ってるようにしか聞こえない。
俺はキスで唇を塞ぎながらベッドに連れて行って彼女を抱いた。
澄香サンが傍で眠ってるというスリルからかいつも以上に興奮した。
多分……それは俺だけではなくて、彼女も一緒だったと思う。
さすがにバレると恥ずかしいだろうから1回で我慢したのだけは褒めて欲しい。
俺は何度だって抱きたかったし、別に澄香サンに気付かれてもよかったのだから……。
翌朝目を覚ました俺は、腕の中で眠る彼女をただ眺めていた。
暫くして彼女が目を覚まし、俺を見て顔を顰めた。
「おはよ、彩さん」
「……ったく、澄香がいるってのに」
顔を赤らめながら俺を睨む彼女は年上には見えない。
「可愛い、彩さん。このままもう1回抱きたいくらい……っ!」
彼女が真っ赤な顔で俺の腕を抓った。
さすがに冗談……いや、半分は本気か……。
「酷いよ彩さん……」
「自業自得でしょ、あんたは甘やかされ過ぎよ。少しは我慢を覚えなさい」
彼女はそう言って、さっさと服を着て部屋を出て行った。
充分に我慢してると思うんだけどな……。
「澄香サンが帰ったら遠慮しないもんね」
そんな呟きは彼女の耳には届かなかっただろう。
彼女の残した体温を感じながら暫くベッドに転がっていたが、澄香サンの声が聞こえたので服を着てリビングへと向かった。
「そりゃ酒弱いくせにあれだけ飲みゃ二日酔いにもなるでしょ」
澄香サンは酒に強くはない。
いや、弱いと断言できる。
前に一緒に飲んだ時も、それ程に飲んでいないのにヘベレケになっていた気がする。
今回はどれだけ飲んだのだろう?
昨日結構空いた缶があったような気がするのだが……彩さんが全部飲んだわけではないだろう。
「二日酔いなの澄香サン?」
澄香サンはだるそうに軽く手を上げてクッションを抱きしめた。
「久しぶり〜海君。おかえりぃ。マジ冗談じゃなく二日酔い〜。なんでこんなに飲んだんだろ……」
「彼氏のノロケ話6時間もしてよく言うわよ」
彼氏のノロケ話ね……余程嬉しかったのかな?
「俺にも聞かせてよ」
俺が澄香サンの話を聞く事はまずない。
いつだって彩さんの話ばかりだ。
彼女の親友の事を全く知らないというのもどうかと思って俺は尋ねた。
「何が聞きたい? 名前? 年? 馴れ初め? 性癖?」
彼氏の話になると二日酔いはどこへやら……笑顔で問い返してきた。
「個人的には性癖って興味あるよね。面白そうだったら試してみたいかも」
「海……!」
澄香サンはそんな事まで話すんだなぁ……。
彩さんは……絶対にしないね、いや……出来ない。
「冗談冗談♪」
「冗談って顔じゃないんだけどな。海君ってエッチ♪」
「男は皆そんなもんじゃないの?」
澄香サンって本当、オヤジだよなぁ……。
そんな澄香サンが俺は好きだけどさ。
「食事前にそういう会話やめなさいよ、食欲減退するから」
彼女は多分聞かされたのだろう、うんざりした顔をしている。
「性欲が増してきちゃう?」
澄香サンは彼女をからかうように笑った。
彩さんを玩具に出来る澄香サンは尊敬するけど、報復が恐いと思うんだけどな……。
彩さんは真っ赤な顔で携帯電話を握り、澄香サンの耳元で大音量の音楽を聞かせた。
あぁ……二日酔いの人になんて事を……。
でも、まぁ自業自得だよね。
「彩っ! そんな子に育てた覚えはないわよっ!」
「育てられた覚えはないわよっ」
彩さんは耳を押さえる澄香サンに無理やり携帯を押し付ける。
「彩さんと澄香サンってホント仲良しだよね」
俺も久しぶりに友達に会いたくなっちゃったなぁ……。
2人の楽しげな(?)様子に微笑み、羨ましいと思いながら勝敗が決まるまで傍観していた。
だって……途中で口を挟むととばっちり食らうしさ。
何だかんだ言ってこの2人が組むと恐いんだよね。
これに柴田さんまで加わったら俺はどうなるだろう?
考えたくもない。
澄香サンは昼ごはんを食べてから帰って行った。
本音を言えば朝食を食べた後すぐにでも帰って欲しかったのだが、彼女の親友なのでそれは言えなかった。
帰り際に彼女は“後で電話頂戴、例の報告があるから”と俺に囁いた。
例のって言ったら“例の”しかないよね……。
俺は微笑みながら手を振って澄香サンを見送り、彩さんを見つめた。
「何よ?」
何を察知したのか、彼女は警戒している。
どうも最近、勘が良くなったようだ。
「澄香サンがいたから我慢してたんだし、俺これから仕事だし……パワー頂戴♪」
「や〜め〜て〜っ」
玄関の扉を閉めて振り返った彩さんを抱き上げてベッドに直行した。
彩さんは無駄な抵抗をしていたが、結局は俺の腕の中にいた。
愛してるよ彩さん。
本当だよ、彩さんがいなきゃ生きていけないくらいに……。
だから俺の手の届く所にいて。
ずっと傍にいてよ……。
結局、俺は柴田さんが来るまで彼女を放さなかった。
迎えに来た柴田さんのカミナリが落ちたのは言うまでもない……。
だって……仕方ないじゃん、澄香サンいたから我慢してたんだもん。
また何日も会えないんだもん。
そして俺は彼女にケツを蹴られて部屋から追い出された。
車に乗り込む際には見事なほど同じ場所に柴田さんのヒールがヒットした。
本当に柴田さんと彩さんは似ている。
俺の扱い方とか、素直じゃないトコとか……さり気なく優しいトコとか、さ。
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