大好きな彼女番外編
大久保 翔平
― 2 ―






 8月20日。

 盆休みは閑散としていた店も賑やかさを取り戻していた。

 そして、海からも店に来るというメールが来ていた。

 今日は金曜日。
 あの5人組がやって来る日だ。
 幸いにもキャンセルの電話は受けていない。
 彼女の声や笑顔にうちの従業員達が元気を貰っているように、海も元気になってくれればと思った。

「お前丁度いい日に来たな。多分元気になれるぞ」

 裏口から入って来た海を座敷に通しながら微笑んだ。
 カウンターにおしぼりと突き出しを取りに向かった俺は、彼女が来店するのがとても待ち遠しかった。
 座敷に再び顔を出すと、海はビールを片手にじっと店内を眺めていた。

「祥平……なんであの席だけ空いてんのさ?」

 海があの席に気付いた。

「あそこは常連さんの席……っていうかお前未成年じゃん。営業停止になるから止めてくれ、アルコール以外好きなの飲んでいいから」

 マジ勘弁してくれ……。

「オープンして半年位だよね? ……って、俺6月で成人
(はたち)になったんだけど?」
「え? そうなの? まだ未成年だと思ってた……あ、あそこの席は週3来てくれるお客の席。オープンからずっと指定席なんだ。彼女が来るだけで店が明るくなる」

 海が顔を顰めた。

「女?」
「そ。もうそろそろ来るんじゃないかな?」

 もう7時過ぎだ。

「こんばんは」

 明るい女の声がした。
 噂をすれば何とやら。

「いらっしゃい」

 俺は座敷から顔を出して微笑んだ。

「うわぁ……今日も大盛況だ、結構待たなきゃ駄目ね」

 まったく……いつも席を取っていると言ってあるのに待とうとするのが彩ちゃんらしい。
 わざとか? なんて最初は思ったが、連れの男達が待つ気満々なのを見て彼女は素直に遠慮してるのだと分かった。
 無理にでも案内しないと絶対に座らない。

「大丈夫だよ、彩ちゃん達の席は確保してるから。そこ座って」
「え、でも……他のお客様に失礼ですから待ちますよ」

 彼女は申し訳なさそうに手を左右に小さく振った。

「いいから。店長の俺がいいって言ってんだからさ」

 俺は従業員に案内させて再び座敷に引っ込んだ。

「可愛い子だろ?」

 彼女を眺めながら俺は微笑んだ。

「あの子が常連なの?」
「そ。月・水・金と、あのメンバーで来てくれてる。この間は上司も一緒だった」

 海が元気になるならと、俺は彼女の来る日を教えた。
 本来はやってはいけないと分かってるが、これ以上死んだような海の顔を見たくなかった。
 そう頻繁に来れる奴でもない。

「会社仲間なんだ?」
「そうらしい」
「由香さんにチクるよ?」

 海が苦笑した。

「ばっ……そういうんじゃねぇよ!」

 由香はモデル仲間で俺の彼女。
 店が軌道に乗ったら結婚も考えようなんて思っていたりする。

「彼女は……彩ちゃんは招き猫みたいなもんだよ」
「何それ?」
「彼女が来るようになってから彼女の知り合いとか結構来てくれてる。今日だって彼女に声掛けるオヤジ達がいるだろ?」

 今日も彼女は違うテーブルの客と楽しそうに会話をしている。

「彼女を見てるとうちの従業員達も他の客も元気になれるんだ。お前も彼女から元気を貰えるといいんだけどな」

 俺はそう言って座敷を離れた。

 9時を過ぎて彼女が帰った後、再び座敷を覗いた。
 海はフロアを眺めながら黙々とつまみを食っていた。

「祥平、コレ美味い♪」

 久しぶりに海の素直な笑顔を見た気がした。

「少し……元気になったみたいだな」
「うん、サンキュ。祥平のお蔭で元気になれたよ。あの常連さん凄いね……」

 そう言った海の顔はとても穏やかだった。





 それから海は頻繁に彼女が現れる日に店にやって来るようになった。

 飲み食いを忘れるくらい彼女に見入っている。
 俺はそんな海を見ながら微笑んだ。

「何さ?」

 海が不機嫌そうに俺を見た。

「いや、お前があんまり羨ましそうに見てるから」
「うん、羨ましいよ。俺も彼女と同じ席で飲んでみたい」
「そりゃ無理な注文だな。お前が見つかるだけで店は大混乱になる」
「無理だって事くらい分かってるよ」

 海は寂しそうに微笑み再び彼女を見つめていた。

 もしかして……彼女に惚れたのか……?
 まさか、な……。

 しかしその2ヶ月後、俺はこの時の直感が正しかった事を目の当たりする事になる。





 頻繁にやって来ていた海だったが、撮影で2ヶ月も来れない日が続いた。

 俳優という仕事は撮影時間もバラバラだ。
 サラリーマンのような定時退社なんて言葉はない。

 忙し過ぎて体調崩さなければいいのだが……。

 俺は携帯を眺めながら溜め息を吐いた。

「店長電話です」

 従業員がバックルームから俺を呼んだ。

 電話?
 こんな所に電話してくる奴なんかいないはずだが……?

「もしもし?」
『もしもし、大久保さんでしょうか?』

 誰だ、この女?

「はい、どちら様でしょうか?」
『望月 海のマネージャーをしております柴田と申します。突然のお電話申し訳ございません』

 海のマネージャー……?
 何の用なんだ?

「あの、どういったご用件でしょうか?」
『これからそちらに海を連れて行きますので席を予約できませんか?』

 マネージャー直々に掛けてくるなんてどうしたんだ?

 俺は顔を顰めた。

「分かりました。お待ちしてます」

 俺の返事を聞いたマネージャーは短く礼を告げて電話を切った。

 何かあったのか……?

 俺は電話を見つめながら不安を募らせる。

「こんばんは」

 彩ちゃんの声。

「いらっしゃい」

 俺は慌ててフロアに向かった。

 海は1時間もしないうちにやって来た。

「祥平いる?」

 いつものように裏口から入って俺を見つけた。
 その表情は思っていた以上に元気そうで俺はほっと胸を撫で下ろす。

 おしぼりと突き出しを持って座敷に向かうと、海は彩ちゃんを黙って見つめていた。

 何を考えながら彼女を見ているのだろう?

「海?」

 俺の声に海がこちらを向いた。
 その顔を見て俺は動揺した。

「何……泣いてんだよ? 何かあったのか?」

 海が泣いていた。

「ダサッ……何泣いてんだろ……俺ヤバイね」

 海は辛そうな微笑みを浮かべながら涙を拭った。

「あんま擦るな、ほらおしぼり」

 俺は座敷に上がって海におしぼりを手渡した。

「ごめん……ホント参ったね。自分が泣いてる事にも気付かなかったよ」
「お前、そんなに溜め込んでるのか? 少しここで吐き出して行けよ」

 そんな事しか言ってやれない自分が情けないけれど。

「彼女が見れるだけで俺は充分なんだよ」

 海の視線の先には彩ちゃんがいた。
 今日も元気に笑っている。

「彼女を見れるだけで俺は元気になれるし、落ち着くし、心が穏やかになるんだ」

 海は愛おしそうに彼女を見つめていた。
 その目を見て俺は確信した。
 海は彩ちゃんに惚れているのだ、と。

 海の気持ちに気付いた俺は、その後お節介にも新しいメニューの試食などを頼んで“彩ちゃん引き止め作戦”などという事を密かにやり始めるのだった。






      

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